サルブリ族の歴史、聖者サウロット


舞台衣装は古風だが赤い色が多くつかわれ、舞台の彩色はペイントアートのように激しい。



場面1:世界最初の都。荘厳なる黒い城壁の巡らされた帝国の中心部。都と同じ名前の市長は血族であり、人間達を平和のうちに統治していた。彼の血の親は全ての血族の始祖であり、大帝国を憂いと共に治めていた。

 彼の妻がチラであり、彼と彼女は黒く焦げた城壁の上で赤く燃えるかがり火で照らされたところから、早起きした農夫達が仕事場に向かうところを眺めている。その中の一人、ほっそりした黒髪の、穏やかな目をしたうつくしい男に、二人の目は惹きつけられていた。

カイン「チラよ、わたしはこの数日彼の挙動をエノクの壁の上から見ていた。素晴らしい、彼こそわたしが待ち望んでいた者、抱擁に唯一相応しい男だ。」
チラ「カインよ、あの黒い髪の者を寵愛するのなら気をつけてください。あの柔らかい声に惑わされないように。」
カイン「何を恐れている。心配するな、エノクが彼の親になる。お前が彼を気に入らないにしても、お前を煩わせるつもりはない。」
チラ「わたしが貴方を愛するようになる前に用心したように。貴方の血を三回飲むまで、わたしは自分の中にある愛に気付かなかった。直感です。強いて言うならば、彼の中には何かひどく恐怖を呼び起こすものがある。あの者をアベルの免罪としてはなりません。」
カイン「妻よ、自分が彼の何に怯えているのかわからないのか。心配するな、彼が見つけるであろう。我らを「獣」から解放する術を。」



場面2:かなりの時間の経過。大洪水でエノクが滅びた後、生き延びた第二世代と第三世代とで築かれた都。第二の都の城壁の外にいるサウロットとサミエル。筋骨逞しい戦士が白い衣を帯びた聖者の前に身を低める。血の涙を流しながらサミエルは父の前にひざまずいて断罪を待つ。彼を見下ろすサウロットの二つの目は閉じて、深い懊悩を表す。それに対して彼の額の目はサミエルの魂の奥底まで見通そうとしているかのように息子を凝視している。

サミエル「四人のうち、二人が死に、一人が裏切った。わたしのせいです。これは癒しの技を傷つけ、殺す技に変えて得意になっていたわたしへの罰なのでしょう。わたしには耐えられません。」
 サウロットはこの言葉には答えずに、
サウロット「わたしがエノクに授かった力によると、裏切り者たちはすでに彼らの信仰の拠点である谷で集結してお前が植えた苗が育ち、収穫を刈り取るのを待っている。」
サミエル「歪みは世界の必然なのでしょうか。この暗黒の主人達をあがめるというバアルの僕達にどんな正義があるというのでしょうか。父よ、はっきり答えていただけませんか。」
サウロット「善がきびしく、喜びを禁じるだけ、悪は魅惑的なものになる。歪みはお前が外と関わり、愛しむことをはじめたことから始まる。お前を責めはしない。そのような資格が血族の誰にあるだろうか。」
サミエル「でもこの苦しみはどうやって晴らせばよいのでしょうか。」
サウロット「お前はすでに自分を罰している。その苦しみは精神を蝕み、しまいにはお前を戦場における死へと駆り立てるだろう。裏切りと傲慢さから来るあやまちは血族の宿命だ。我が兄弟たちの一族にも檄を飛ばし、軍を起こせ。」
 サウロットはこう言うと後を顧みもせずに去っていく。
サミエル「父上!」
サウロット「死しても残る道を探せ。」


 
場面3:再び第二の都。癒し手の一族の区画。三つの眼を持つ美貌の女性が竪琴を弾きながら壁龕にすわり、その前に力の霊気を帯びた男があぐらをかいて座り込んでいる。その男の目は色のうすい青で焦点が合っていないし、身体は時々震えを帯びる。目は虚ろになり、またあるときは激しい苦痛に見舞われているかのようだった。彼女の楽の音が彼の狂気をせき止めている。

マルカヴ「レイズィエルよ、歌っておくれ、お前の父の苦悩をなだめ、悲しみを和らげる歌を。あれはわたしの狂気をも鎮める働きを持っているのだからな。」
レィズィエル「マルカヴよ、いつも通り貴方は自分のいっていることがわかっていませんね。わたしは何人ものサウロットに会い、そのいずれもを愛するようになりました。驚くべきことです。」
マルカヴ「彼を理解するのは狂気をもってしかないと思っていたのだが…、お前の楽の音に備わっているのはアリケルの喜ぶ美だけではないのだな。」
レィズィエル「多分そうでしょう。わたしたちは美と同じように醜さも尊びます。同じように創造主からもたらされたものですから。それでも、父は刻一刻変わっていきます。戦士たちの長であるサミエルがバアルの僕達との戦で亡くなってから、ますます気難しくなりました。」
マルカヴ「サウロットはお前の夫であり、父だ。彼がいかに変わってもお前が彼を受け入れねばならないのは、当然のことだ。チラが必ずカインを受け入れていたようにな。わたしが思うに、彼はまた東方に旅に出るのではないかな。」



場面4:もはや第二の都は砂塵の下に埋まっている。親殺しの第三世代はすでにその地を去り、サウロットを待つサルブリはすでに休眠に陥っている者も多かった。その中の二人は、戦士の長のイシュリエル、そして癒し手の長のあいも変わらず美しいレイズィエルである。すでに時代は歴史へと入っていた。(キリスト紀元ごろ)

イシュリエル「サウロットがキャセイから戻られた。新たなる術を身につけて。長くサミエルの教えを捨てずに待ったかいがあった。」
レイズィエル「わたしはそれほど楽観的にはなれませんが。彼はさらに東方で風変わりな考えと習慣を身につけて来ました。彼がかの地で争いを引き起こしてきたのだとしてもわたしは驚きませんね。彼がゴルコンダに進むために見つけ出した「啓発の道」をなんと言うか知っていますか?「悲しみの道(Via Dolorosa)」というのですよ。あのナザレ人の歩んだ道と同じ名前です。」
イシュリエル「不吉だな。他には貴方の先見力で何が見える?」
レイズィエル「十字を印にした人間達が、蛇や霊知(グノーシス主義)を崇める人々を火刑と死で狩り立てる光景が見える。常に行われる粛清と虐殺、彼の伝説と及ぼす影のせいで。一部はもちろんセトの僕のような悪意から生み出されるものでしょうが。」
イシュリエル「宗教と血族、セタイトとバアリ。わたしは血族の長い生命がありとあらゆる迷妄をも振り払うのに十分なものだと思っていたのだが、歳月が老いた心を却ってかたくなにする作用もあるのだろうな。」
レイズィエル「貴方は素朴過ぎます。」



場面5:長城のかなたの平原の淋しい城郭。鬼人の支配する龍脈の集結地。鬼人の行者達が高座でひきすえられた三つ目の男をねめつける。彼らの一人は口を開くや、質問を行った。(キリスト紀元5世紀頃)

菩薩の一人「ザオ・ラトがどこに逃げたというのだ?学子を傷つけるような大罪を犯した奴には逃げるところなどないはずだ。大阿羅漢の僕達が地の果てまで奴を追っていくぞ。時間の浪費はしたくない。」
ウー・ザオの一族「故郷へでしょう。我が父は東と西の掛け橋でした。互いにあい入れない筈の。このまま行かせてやりましょう。彼はいずれ何らかの自分の所在が知れないように策を施しているでしょうから。我ら一族は、魄を操れないことを除けばそれほど抜けているわけではない。」
菩薩の一人「よくも言ったものよ。父に代わって「玄武の宮廷」で裁きを受けるがいい。」



場面6:トランシルヴァニア、ケオーリスの祭儀所。トレメールは座主にふさわしく高い玉座に腰掛けてヘルメス教団の象徴である蛇を巻きつけた杖を握っているが終始議論を眺めるだけで口を利かない。彼の足元にはトレメールの魔術師達が立って激しい議論を交わしている。良く見れば場は二つに分かれていて一方の首領がゴラトリックス、もう一方がエトリウスである。(キリスト紀元10世紀頃)


エトリウス「あまりにも危険過ぎます。下手をすると我々は双方向に敵を抱えることになる。それに実際その霊薬が不老不死以外で、魔術師にどのように効果を発揮するかまだデータが不足しています。」
ゴラトリックス「理論の上ではうまくいくはずです。魔術師が第五元素を周囲から集める作用を逆転させ、我々自身をタスに変更することでパラドックスを封じることになる。ここまで抗争が激化した今、我々がヘルメス団にこれ以上とどまる理由はないはずです。」
エトリウス「そしてそのとき魔術師の究極目標である昇華は、その日その場の生存とゴラトリックスのつまらない野心と関心の前に置き去られるというわけですか。ミカ・ヴィコスはどうなったのでしょうかね。」



場面7:東欧のとある血まみれのジハドの戦場。彼らの足元には酸で溶けた人間の死骸がいくつも散らばり、彼らが守ろうとした者の上に折り重なっている。その者の胸に深深と杭が突き立てられている。(キリスト紀元13世紀頃)

あるトレメール「一角獣狩りを行うのはもうやめたい。死んでいくときに奴らが見せる開いた額の目ににらめつけられると、魂の奥底を手術針でかきまわされているような気分になる。あいつらを相手にするぐらいならヴォズドかツラチタの群れにひとりで立ち向かった方がましだ。」
もう一人のトレメール「トレメール尊師がサウロットを食うときには三つ目の目が開いていたそうだが、左の目・戦士、右の目・癒し手、額の目・監視する者の中で一番おそろしいのは監視者たちだ。彼らの多くがアンコニュに属しているのなら、奴らの沈黙は何なのだ?」



場面8:合衆国のある都市にある館。血族の考古学者達の「非公式」の会合。(20世紀初頭)

サスカ・ヴィコス「サルブリ族とバアル信者の「暗闇の世界」における存在意義はなんだったのか?」
ベケット「常に天使の名前で呼ばれるサルブリ族。キリスト教以前の異教の神々。一角獣、一神教。これらの相関関係は何だろう。」
サスカ・ヴィコス「不可知論者、懐疑論者、ノド学原理主義。バアルの民によればカルタゴの理想郷は幻想に過ぎない。彼らの名前は賎民どもの崇める精霊達の名をそのまま利用している。ネルガルやモロク、シャイタンにウイツィロポチトリ。こんな名前で彼らの足跡が追えると思える方が間違っている。」
エトリウス「なぜなら現実とは最強のマローダーが造った夢に過ぎないからだ。歴史とは夢と夢の衝突に過ぎず、我々はその狭間に落ち込むだけだ。」
サスカ・ヴィコス「魔術師らしい傲慢な意見だな。定命の者の聖書がノドの書と対応していることはどう説明する?あの本はサウロットの言葉でまとめられた書のはずだが。」
ヘイシャ・ラハツィ「吸血鬼は人間ではない。だから彼らの信仰も人間と同じ形になることはありえない。もし黙示録の戦争が遠い昔のバアリとサルブリの戦争のわずかに残った記憶であり、聖書がノドの書を元にして書かれたものだとしたら?歴史が無意味であり、テクノクラシーがトレメールの走狗であるのなら、こんな議論がなんになるのかな。」
エトリウス「バアル信者のカルタゴにおける貢献、彼らの信仰がヴェントルーの言う「秘密の支配者達」に対するものだとしたら?我々は常に自分達が自由意志で動いているものと見なしてきたが、閻魔王や蛇に対する我々の知識は、かえって衰退した。我々はアドナイと接触する必要があるのかもしれない。」
ベケット「獣から逃れるためのゴルコンダと魔術師の悟りである昇華、似ているところがあるのだろうか?もしバアルの民がアッシュールやサウロットの意志で本当に創られたのだとしても、あまりにも作為のにおいが感じ取れてならない。今もまだレイズィエル、カインの妻は生きているのだろうか。」



場面9:ウィーン地下深くの魔術で封印された区域。鉄の扉から白い異形の腕が伸びるが、重い鉄の扉がその時に閉まり、挟まれた腕の肉から血が噴出し、骨の折れる音がした。けたたましい警報が響き渡るなか、足早に地下道を歩く音が聞こえる。鉄の扉の向こうの口から人ならぬ者の悲鳴が引き出される。(現代)

「サウロット!サウロット!サウロット!」


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