@神話と伝説、そして歴史
*Efendi:
私のリンクのところにくだらないことを書いているんですが、こうして連絡がついたのでちょっと聞いてみます。

「中国では張飛が長板橋で1万の軍勢を防いだりしてるのに、円卓の騎士はラン スロットといえど3人くらいに囲まれると負けてしまうのはなぜでしょう? リアリズム? 」


*Zeb:
吉川『三国志演義』とマロリー『アーサーと円卓の騎士』でしょうか?(原典を調べる必要まであるとは思えませんが。)

*Efendi:
ナイデス。タワゴトデスカラ・・・。

*Zeb:
ソクラテス流に質問を質問で返すことにします。原アーリア人の神話には「腕を失う神」がありますが、そのヴァリエーションとしては、

#ローマ建国神話:「リヴィウス・スカエヴォラ、腕を焼く」愛国精神の発露、神話ではなく伝説。(おそらくリヴィウスあたりのくさい話)

#北欧神話:ティールとフェンリス狼「戦の神、狼をつなぐこと」(運命の非情さ、切れた腕は生えてこない。)

#ケルト神話:ヌアダと銀の腕「モイトゥラの戦い、ヌアダ、王位を失う」(後に医術の神ディアン・ケヒトが銀の腕を製作し、彼の息子はさらに良い仕事…腕を再生してしまう!息子に嫉妬する父。)


*Zeb:
これらの違いは、もともと同じ話だったはずなのになんなのか?
私が今読んでいる本には構造主義だの、ミメーシスとファンタジーの対立など小難しいことがさんざん書かれています。
「多少なりともファンタジーのない文章は単なるジャーナリズムの記事に過ぎない。」

(ブライアン・アトベリー、『ファンタジー文学入門』、大修館書店)

*Efendi:
これが答えですね?


*Efendi:
あなたの専攻は何ですか?
私の方から白状しますと、私は歴史学で、いまは17世紀のオスマン朝をやってます。そんなわけで社会学的解釈は得意ですが、文学的解釈は得意ではありません。

*Efendi:
で、そんな感じで{貴方の質問の}社会学的解釈ですが、{考慮すべき事項としては三つの項目に分けられます。神話の習合、原理主義、そして他の習慣に合わせること}

1. 神話の習合
ローマ文化はギリシア文化、ケルト文化はローマ及び近年の研究で明らかになったようにカルタゴ文化の影響を著しく受けており、神話もそうなった。
ギリシア神話やオリエント神話(カルタゴはリビアの土着の神話も受け入れたようですが)では、神々の世界が終わる、とかあまり悲観的な話は聞かないですよね。
エジプトの何とか言う王様はフェニキアに遠征した際、その地の戦争と豊穣の女神が気に入ってエジプトに持ち帰ったそうです。古代というと時間の感覚がちょっとずれがちだけど、キリスト紀元まで何千年もあったわけで、その間に陰気な神話はだんだん淘汰されていったのでしょう。
そんなわけで、他文化の影響をあまり受けなかったゲルマン神話において原神話が保存されたのかもしれません。

*Zeb:
キリスト教も十分陰気な気がしますが(笑)
アナトとアスタルテ?(そういえば貴サイトにカナンの神話がありましたね。グローランサとどういうつながりがあるのか、門外漢にはつかめないかも、古代オリエントでRQをやるというのはなかなか・・・)

*Efendi:
カトリックの聖人の絵とか、結構明るいな、とか思ってしまうんですが。
切られた首を持ち歩いたり(聖ドニか?)。

*Efendi:
ささっと書いたんで調べませんでしたが、 Qadshu と言う豊穣の女神です。
もっとも、アシュタルテのビブロス版だとは思いますが。

古代オリエント大好きなんですよ。史料が少ないので、研究の対象には選びませんでしたが。
そのうちやろうと思って設定を作った(アナトとアシュタルテだけ、当方のページの神名録からたどれます)んですが、RQ のシステムはグローランサ以外にも応用可能ですよ、っていうことをしめしてるつもり。


*Efendi:
2. 原理主義
ある文明の辺境に位置する国々では信仰が盛んになりがちです。なぜなら彼らは自分たちが元は「(その文明から見て)異教徒」であったことを覚えているからです。
・・・と考えたけど、ゲルマン神話は自らを律するような宗教じゃないですね。

*Zeb:
{質問で質問を返した}前の質問は、文化と歴史の流れに応じてどれだけ伝承の中身もそれに応じて変わるかということを言いたかった。ゲルマンやケルトと大きな枠について言及するにしても、地域ごとのヴァリエーションを考慮に入れないといけないかもしれません。
たとえばアレクサンドロスの会ったケルト人とアイルランドのケルト人にはやはり大きな違いがあったでしょう。


*Efendi:
3. 他の習慣に合わせる
1. と似てるんですが、注目したいのはローマの「腕を焼く」です。
火葬というのは大陸の西半分ではあまり見ませんが、ホメロスはトロイア人が兵士を焼いたことを叙述しており、また言語学の研究からトロイア人(ヒッタイト人の末裔とされる)がイタリアに流れてエトルスキになったことを明らかにしています。
ギリシアもローマも土葬ということになってますが、これはいつからのことなのでしょう? 彼らもある時点から火葬から土葬に切り替えたのかもしれません。
そしてその主たる原因は地中海世界からの森林資源の枯渇であると思われます。

個人的に 3 はイケてるな・・・。ちょっと証明できそうにないけど。


*Zeb:
{たしかに}ローマはエジプトからミイラの技術を学んだりしていますし、キリスト教の影響も否定できません。確かにパトロクロスは火葬にされています。このことはもっと調べて見なければ。

*Efendi:
付言すると、ローマ市は湿地でマラリアの温床で、土葬には適さないからやっぱり土葬は外来文化だと思うんですよね。


*Zeb:
ヘーゲルあたりが歴史哲学について長々と書いていますが、いわゆる構造主義者は比較神話学についてどんな意見を持っていた(る)のかな・・・


*Efendi:
歴史学についてはヘーゲルやマルクスに始まって、ブロック、ファーブルを経て、アナール派に至るまで、歴史とは何か、が問われつづけてきましたが、最新の結論は「状況は常に変わるんだから、歴史から学ぶことは何一つない」ということで落ち着いたようで。まさに、皆さん自分が楽しいからやってるのに、「歴史のための弁明」を繰り広げて、最後には開き直ったようです。

私は構造主義については基礎知識的なことしか知りませんが、便利な道具だとは思うけど、本質からは遠ざかるとも思う。

私が比較神話学に期待するのは、文化的な同・異の比較もさることながら、人間が根源的に共有するイメージの由来の解明です。こういうのは史料から離れられない文献史学はダメですね。


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