「しまなみ海道」自転車縦断記 (前編)
4月29日
午前9時34分、私は下関市の自宅から自転車で3泊4日の旅に出発した。行き先は「しまなみ海道」と松山市。帰路で松山〜門司港を船で進む以外は、文字通り銀輪に全てを託す、長い長い旅である。ただ出発予定から2時間半も遅れてしまったのは痛い…。
最初の難関は防府市・徳山市の境、椿峠と覚悟していたのだが、意外に早く宇部市で遭遇した。起伏の激しい地形で向かい風をまともに浴びたのだ!思わず「うべ〜っ!」と叫ぶ。
宇部市とおさらばした後は、気楽な旅路だった。山口市と秋穂町の間に掛かる「周防大橋」の眺めは見事だった。
(写真:周防大橋)
覚悟していたこともあってか、何とか立ちこぎせずに椿峠を越えた。ただ日も暮れかかっていたので、峠のラーメン屋で夕食を食べる。タイムリーというべきか余計なお世話というべきか、テレビ番組で「『しまなみ海道』へは柳井からフェリーで渡りましょう」と言っていた。私が尾道まで自転車で向かっているというのに!
(写真:夕暮れの椿峠)
徳山市中心部に突入するや否や、自転車専用レーンが登場。歩行者を気にしなくて良い上に舗装状態も良く、夜間で疲れているのにペースが大幅アップ。どうにか柳井市の中心部に入ったところで、宿をとることにした。
4月30日
今度は早起きをして、7時38分に柳井市を出発。岩国市に入るまではハイペースだったのだが、中心部ではいろんな物に邪魔をされ、平均速度が大幅低下。
気を取り直して前進すると、ようやく県境が見えた!出発して24時間、ようやく私は苦しかった山口県ステージを離れ、広島県へと突入したのであった。和気町から大竹市に入った瞬間、 嬉しさのあまり「オータケ、ヒロシマ!」などとメリケン口調で雄叫びを上げてしまった。
(写真:山口県和気町と広島県大竹市の境にある、栄橋)
勇躍広島県に突入した私は、途中廿日市市でミスコースをしたものの、大きなトラブルもなく走っていた。と、海田町でいきなり空気漏れの音が…。後輪のチューブに穴が空いたのだ。応急処置の後、遅れを取り戻すべく先を急ぐ。
呉市に入ったのは午後4時前。呉といえば昔から海軍の街として知られているが、そこで見たものは…、海軍とはどうやっても結びつきそうにないレジャー施設。しかし観覧車が動いていないし、客がそもそもいない…。
そうなのだ。そこは呉ポートピアランド。経営難に陥って休園を余儀なくされた、悲劇の遊園地なのだった。せっかくJR呉線の駅も建て直したのに…。
(写真:呉ポートピアランドとJR呉ポートピア駅)
日が暮れかかり、呉市中心部に急いだら、自転車の二人乗りが目立つし、路上駐輪も目立つし、自転車関連の施設があまりに少ない。
「夕暮れの呉でグレちまうぞ〜!」(とっくにグレてました…)
散々な呉市を後にして、尾道へと急ぐ。だが尾道市街は宿泊できない可能性もあり、体力的に問題がある。竹原からはジャケットを着込んでホッカイロも使った。てなわけで三原市で一泊。 もっとも三原から尾道まで10kmちょっと、その間はウォームアップと考えよう。