(2002.7.31)
ドイツGPはウィリアムズの復活がポイントです。ウィリアムズはこれまで決勝で情けない結果が続いていましたが、ホッケンハイムで戦闘力を取り戻しました。気温が高かったからミシュランが性能を出したのではありません。ドイツGP決勝はフランスGP決勝の40度より低い37度でした。コースレイアウトも、新ホッケンハイムはマニクールと似てストレートとヘアピンから構成されています。最高速度でフェラーリとの互角も変わりません。では何が良くなったのでしょうか。シャシーが改善されたからにほかなりません。
兄弟対決では、8周目まで兄が弟に差を広げる傾向でしたが、9周目以降は弟の方が速くなります。これは2001年によく見られたミシュランの10周目以降の性能向上の傾向に似てきました。磨耗に悩んだウィリアムズが、解決の糸口をつかんできたようです。
逆に、マクラーレンはラップタイムペースを見てもわかるように、トップ争いとの差は歴然としてしまいました。最大のバトルだったライコネン対モントーヤ(11周目)も、モントーヤが抜いた後にライコネンより1.5秒も速いペースだったことから、抜かれて当然でした。
弟が兄を抜くチャンスは1回目のピットインにありました。27周目、兄がピットインした時、弟との差は2.4秒。29周目に弟がピットアウトした時、二人の差は4秒に広がっていました。インラップとアウトラップの2周の合計を比較すると、兄(27-28周)が2分58秒6、弟(29-30周)が3分0秒9でした。兄が2.3秒速かったからです。弟がピットインでビルヌーブに詰まったのも痛かったと言えますが、兄のタイヤの温まらないアウトラップでタイムを落とさない走りが健在とも言えます。
さらに、兄が40-46周目に弟を突き放す走りをしています。このとき最大の9.6秒差に広がりました。フェラーリ首脳が言う「今年一番厳しかった」というのは本音でしょう。兄が必死の走りをせざるを得なかったのです。
兄弟の各ラップごと勝負では、兄の34勝33敗と、互角でした。ウィリアムズがレースで勝負できる状態に持ってきたことがわかります。もし予選順位が逆で、終盤のトラブルがなければ、弟が逃げ切る可能性もありました。なぜなら、バリチェロは何度も弟の背後についたのに、ついに抜くことはできなかったからです。
フェラーリがF2002の開発に力を入れなくなれば、13戦以降はウィリアムズとの差がなくなり、レースはかなり激しい争いになるのではないでしょうか。
ザウバー、BAR、ジョーダンの6台を比較。かなり互角の争いでしたが、入賞圏内に入ったザウバーが一歩上手でした。ホンダ勢生き残りの琢磨は、終盤、ザウバー勢に近づくどころか、逆に離されて行きました。中盤にスピンアウトしたパニスも、ザウバー勢の攻めに耐え切れずといった感があります。
しかし、前半戦にザウバーと勝負にならなかったことを考えれば、次第に追いついてきているとも言えます。まずは予選上位を確保し、ザウバー勢を抑えるレースを展開してほしいものです。
ちなみに、フィジケラが1回目のピットインで突然後退したのは、ピット内で30秒もかかったことが影響しています。これはクラッチと右フロントに問題があったからでした。
ホンダ勢は最高速でフィジケラ1位、ビルヌーブ3位、パニス4位、琢磨5位と上位独占。パワーアップがついに功を奏した感あり。決勝はフィジケラとビルヌーブの2人がブローしましたが、着実にパワーアップを果たしつつあるようです。一方、トヨタもフェラーリとBMWに互角の勝負になっています。パワーなら日本製エンジンという時代が来るでしょうか。