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「大湯環状列石」とは

 
△大湯環状列石と関連する遺跡の広がり
 
 大湯環状列石と関連のある大湯環状列石周辺遺跡は、北東約300m、南西180mにも及 ぶ。野中堂遺跡の北東300mの地点には、大規模な配石遺構群、万座遺跡の北方20〜80m には4基以上の配石遺構が、150mの地点からは縄文時代後期の住居跡が発見されている。 これらの遺構と環状列石との関係は、今後の調査によって明らかにされることであろう。
 
 大湯環状列石周辺遺跡からは、大湯環状列石の作られた時代・時期以外の遺物(縄文時 代早期、晩期の土器、土師器ハジキ)の出土や、遺構(平安時代の住居跡、Tピット、土 壙、掘立柱建物跡)の検出がある。このことは、この周辺は縄文時代早期から平安時代 まで継続的に生活の場であったことを物語っている。しかし、この台地が最も利用され、 大集落が作られたのは、やはり大湯環状列石が作られた時期、すなわち縄文時代後期で あった。
大湯環状列石
五本柱建物跡
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