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「大湯環状列石」とは

 
△円環の思想
 
 大湯環状列石が作られてから、4,000年もの時間が経過しているものと推定されてい る。それは、途方もなく長い時間である。現代から40世紀を経た未来を想像してみるこ とが如何に困難なことであるか、それと同じように悠久の古代へ想いを馳せることは、 思考の荒野へ乗り出すことのようにも思われる。
 
 しかし、この巨大な二重の円環が見つけられてからの半世紀余り、「これは何であった のか?」と云う問いは、発し続けられてきた。水野正好氏の『環状組石墓群の意味する もの』と題された論考は、まさにこの大湯環状列石を、縄文時代から現代へ送られた記 号の体系 … メッセージ … の一つとしてとらえ、その解読を試みようとしたものであ った。そしてさらなる探求は、現在もなお発掘調査によって続けられているのである。
 
 私共の思想のもろさに引き比べ、眼前に展開される大湯環状列石を核とした世界は、 はるかに厳然と映る。そしてこの大湯環状列石の持つ無限とも思える曲面の一つ一つは、 現代に生きる私共の思考の微弱な光を、あるときは古代の呪文のようにも、あるときは また精緻に入り組んだ縄文時代社会の象徴としても、反射してくれる。「これは何であっ たのか?」と問いかける度に、そのさまざまな相貌が浮かび上がる。
 
 大湯環状列石と云う巨大なモニュメント(記念碑・遺物)を通して、縄文世界を垣間見 るときに、我知らず、人はそれぞれ自分の思考を巨大な円環面(トーラス)の上に滑ら せているのかも知れない。数千年と云う時間の流れを貫いて存在し続けたこの円環は、 人間固有の営みである思想の礎をも形作っているのである。
 
 「大湯環状列石とはいったい何であったのか?」
 この問いは、今もそしてこれからも生き続けるであろう。思い出が人をとらえて放さ ないように、私共は、縄文時代の人々が残した壮大な過去に想いを致し続けるのかも知 れない。そして、二重の石作りの円環の外周を巡るように、私共の問いは続くのである。
大湯環状列石
大湯環状列石
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