GLN 宗教を読む

聖書の起源

◆治癒神
* エシュムン神
 エシュムン神については、不明な部分があるが、これを裏書きするような記録を紹介する。 それはギリシアの詩人パニュアッシスの書き残した記録で、 それによるとエシュムン神は、紀元前一〇〇〇年にさかのぼるフェニキアの神であり、 シドンの守護神であったこと、冥界からやってきた病気なおしの神様で、 シドンのエシュムン神殿は、しばしばアスクレピエイオン(アスクレピオス神殿) と呼ばれていたというのである。 シドンに埋もれていたエシュムン神のひとつのバス・レリーフは、 地中海をへだてたペロポネソス半島エピダウロスの神アスクレピオスとの連関という、 おもわぬ歴史の謎を秘めていたことになる。
 
* アスクレピオス神
 アスクレピオスは、古代ヘレニズム世界に活躍した驚異の治癒神である。 不思議な”力”(デュナミス)を用いて病人をいやし、人々の驚きと喝采を博した、 奇跡をおこなう神様であった。 それは難産の神であり、不妊の神であり、中風、盲目、不眠、肺病、胃病、戦傷、 その他なんでもなおす万病の神であった。 神であるから、アスクレピオスはセオスと呼ばれて崇められていたのであるが、 誉れ高いオリンポスの神々とは、系譜の違った素姓の知れない神様であった。 それは、オリンポスのゼウスにたいして、”もうひとりのゼウス”と呼ばれたり、 時には”陰府(よみ)の国のゼウス”といわれたりもした。
 不気味な蛇を杖にからませて、町から町へ、村から村へ、病人をたずね歩く姿は、 ”死者の霊”のようでもあり、大地から抜けだしてきた”地の霊”のようでもあった。
 
* アスクレピオスからイエスへ
 イエスの生涯をしるした新約聖書福音書の世界にも、エピダウロスのそれに匹敵する、 豊かな病気なおしの記録がある。記録にみる限り、イエスもまた、 フェニキアのエシュムン神やエピダウロスのアスクレピオスと同様に、 古代世界に出現した病気なおしの神様だったのである。
 福音書におけるイエスの生涯の骨格は、たとえばマルコ福音書の場合、 この癒しの神の、驚異的な病気なおしの活動によって準備され、彩色されたといって差し支えない。 要するに、病気なおしの超能力に関する限り、アスクレピオスもエシュムンもイエスも、 同じ次元で出会うのである。
 彼らは、古代地中海世界に、それぞれの驚異的な治癒力を競い合ったライバル神であり、 論敵だったのではないか。 とすると古代世界におけるキリスト教の最初の勝利は、まさに治癒神イエスの勝利、 すなわち治癒神イエスがその驚異的な治癒力において、他の神々を圧倒し、 ついに駆逐することに成功した、その勝利の結果であったということになる。 福音書にみられるイエスのおびただしい病気なおしの物語は、われわれにこうした推測を可能にする。  われわれは、治癒神イエス登場の場面に到達したのである。
 
 注:ヘレニズムとは、(1)ギリシャ的な思想や文化に由来する精神。
  (2)アレクサンドロスの東方遠征以後、ギリシャとオリエントが影響し合うことにより生じた歴史的現象。ギリシャ文化が普及し、東方的な専制国家が成立。文化は世界市民主義・個人主義的傾向をもち、自然科学が発達。時代範囲としてはアレクサンドロス東征(紀元前334年)からローマのエジプト併合(紀元前30年)まで、地域としてはギリシャ・マケドニアおよびアレクサンドロス征服地域とされる(goo 辞書)。

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