GLN(GREEN & LUCKY NET)からこんにちは

15 八幡平地区の先祓舞

第三節 長嶺八幡神社先祓舞

一 芸能の由来
 明治五年、集落の鎮守が毘沙門堂(びしゃもんどう)から八幡神社に改
められたことに伴い、祭典に賑わいを求めて、明治二十年に若者たちが老
名(おとな)たちとはかって、
旧安代町(岩手県八幡平市)兄川稲荷神社に伝わる先祓いを習得導入した
もので、
兄川舞ともいわれている。
 八幡神社の例祭は、第二次世界大戦の前は旧暦六月十五日、戦後は新暦
七月十五日に行われていたが、現在は七月第三日曜日が例大祭、その前日
を宵宮(よみや)としている。
 宵宮には神社から宿元(現在は長嶺地区自治会館)まで神輿渡御の先祓
いとして舞い、
例大祭では集落内を渡御(とぎょ)し、境内の広場でも舞っていた。

(2) 長嶺八幡神社
 鎮座地 鹿角市八幡平字東舘二
 御祭神 大鞆和気命・素盞嗚命・豊受姫命・猿田彦命
    ・宇豆売命・保食命
 例 祭 七月十五日
 特殊神事 神輿渡御・先祓舞・左義長鳥遍舞 
 由 緒 古伝承によれば鹿角四十二館の一つとして鎌倉以前に創設され
たといわれ、文禄二年再建。正保三年再建。文化二年再建。明治六年に村
社に列せられた。同四十三年字和田熊野神社、字上沢田稲荷神社、字西館
駒形神社、字堂前八幡神社を合併した。
 また村の東側に摂社毘沙門神社、西側に当八幡神社が在り、共に氏子の
尊崇篤く、八
幡神社を鎮守といい、毘沙門さまを産土(うぶすな)といい、例大祭は八
幡神社で斎行し、秋祭と祈年祭は毘沙門神社で斎行するのが例となってい
る。
 これは、八幡神社が高台に在って、急勾配に加えて二三四段の石段があ
り、参進が困
難の為であるからであろう。

二 芸能の記録
(1) 先祓舞の練習
 七月に入ると、青年会が主体となり、午後七時ごろから二時間、長嶺集
落自治会館前の広場で練習が行われた。

(2) 宵宮
 七月十四日、この日は長嶺八幡神社祭典の宵宮の日である。
 午前八時、自治会員全員が毘沙門神社前に集合し、自治会長などから、
当日の清掃作業や祭典準備作業などの指示が行われた。毘沙門神社脇では
注連縄作りなど、八幡神社の石段の下にある大鳥居前の神輿堂の前では神
輿の飾りつけ、松の木採り、宵宮の臨時照明準備など、また集落内の稲荷
神社や熊野神社でも年に一度の清掃が行われた。
 集落内の要所には、巨大燈籠や小燈籠なども取り付けられた。
 午後五時、舞子たちが集まってきた。宵宮のときの衣装は、普段着であ
った。これは、八幡神社の石段は二百三十四段もあり、かつ急なために、
沿道に仮の街灯が点灯されているとはいえ、暗くて危険なためと思われる。
 午後六時、神職や祭員たち、舞子たちは自治会館を出発して、五百メー
トルほど離れた
八幡神社へと向かった。
 午後七時、社殿では宵宮の祭式が行われた。即ち、お祓い、宮司祝詞奏
上、祭員以下拝礼、本殿からご神体をうつす神事などがあった。舞子たち
も、代表の青年会会長に合わせて、拝礼した。
 続いて、舞子たちによる、長嶺八幡神社先祓舞の奉納があった。演目は
二つほどであった。
 終わって八幡神社を出て、石段の下でご神体を神輿に奉安し、自治会館
へ向かった。
 自治会館に到着後、舞子たちは何がしかの「お下がり」をいただいて帰
宅した。
 宿元とされている自治会館の祭壇にご神体をうつす神事などが行われ、
直会に入った。
 なお、八幡神社祭典の祭式を執り行うのは、晴澤久宮司、晴澤則比古禰
宜である。

(3) 例大祭
 七月十五日は、八幡神社祭典の例大祭の日である。
 午前九時半、関係役員たちや舞子たちが自治会館に集合して、会場の整
理や衣装の着付けなどが行われた。
 午前十一時、自治会館に自治会員が参列して、宮司以下祭員による祭式
が行われた。
 終わって午前十一時半ころより直会に入った。この直会で盛り上がるこ
とが、これ以降の神輿渡御(巡幸とも。以下単に「渡御(とぎょ)という。)
をより賑やかにするのであろう。勢いづいた青年会員による、「得意の先
祓舞」などの独演の数々で、直会会場は大いに盛り上がった。
 午後一時、神輿にご神体をうつす神事が行われた。
 いよいよ渡御開始の触れ大太鼓が打ち鳴らされた。舞子たちは、会館の
前庭で先祓舞を舞い、触れの大太鼓を先頭に、太鼓、舞子たち、笛吹きや
鐘たたきなど先祓舞一行、神職、神旗や神具、松の木、賽銭箱、神輿、氏
子総代など関係者が続いた。神輿は軽トラックに積んであるが、それを大
人たちに手助けされた幼児たちが一生懸命ひくのであった。
 渡御の道順は、@阿部魚店前、Aみつや商店前、B阿部木工所前、C阿
部良雄宅前で、
それぞれの前庭(路上)で先祓舞を舞うが、杵取り舞だけは除かれる。舞
いの途中で、
随時青年会員による花代の口上がある。
 沿道では、各家々ごとや隣近所ごとに酒肴のもてなしがあった。お神酒
やビール、飲料水や駄菓子など、飲み放題、食べ放題の供応がなされた。
  午後三時、八幡神社に渡御の行列が到着した。本殿へご神体をうつす
神事など、一連の祭式が行われ、舞子たちによる拝礼も終了した。
 境内では、先祓舞全種目が奉納された。杵取り舞では、それぞれの所作
を懸命に舞ったのが印象的であった。
 なお、履き古るした草鞋は、長嶺地区の舞子たちは毘沙門神社境内の木
へ、和田地区の
舞子たちは熊野神社境内の木へ、それぞれ投げ掛けるとのことであった。

[次へ進んで下さい]