2、神楽舞再興前後
昭和十二年に本神楽舞が再興されたことは、前述のとおりである。再興
された神楽舞一行は、日本放送協会秋田放送局へ出向いて、ラジオ放送に
出演した。昭和十三年五月十六日付け「秋田魁新報」において次のように
報道されている。
秋田から 俚謡 「菅原神楽」
[後八、三〇]鹿角に残る古楽
今夜の俚謡は秋田と仙台からである、秋田からの「菅原神楽」は古来鹿
角の北部、中部及び南部にわたって行はれてゐたものだが現今南部の菅原
神社の祭典にのみ残ってゐる、なほこの舞の奉納者は尾去沢町尾去八幡宮
の神職海沼寅吉氏一人で、御湯立の式は国家安泰五穀成就の祈願であり、
二斗位入る釜を据えつけて湯を沸かし神職自らこの湯を浴び人々にも振り
かけて浄めるものである、菅原神社は京都北野の天神の分身で、治安三年
創建、祭典は旧三月二十五日、現櫻田神職は第五十四代である。
一、渡行の楽(御輿送り)
二、舞楽(神楽囃し)
三、御湯立の楽
四、帰行の楽
指揮 渡部全次雄
出演者 舞者海沼寅吉、御歌岩尾重次郎、笛櫻田勇太郎、佐藤辰太郎、
似鳥清吉、太鼓似鳥三太郎、掌鉦岩尾重次郎、払詞櫻田勇太郎
御歌
一、新玉の年の始めの年男、米打ち撒いて御堂開かうや御堂開かうや ヨ
ーホーオー
二、此処は何処よ長門の関の立ち所千代経る神代、此処は舞堂か此処は舞
堂か ヨーホーオー
三、わが法は剣や剱に尚勝る、日頃の悪魔払ひ申さうや払ひ申さうや ヨ
ーホーオー
四、火は修験水は清浄の滝の水、中に菖蒲をお立てやれお立てやれ ヨー
ホーオー
五、天下泰平国家長久五穀成就御湯の華を立て御湯の華を立て ヨーホー
オー
同日付けの「東京朝日新聞」のラジオB番組(仙台JOHK)にも、「夜の
部八・三〇、秋田から俚謡「菅原神楽」、出演何某(秋田魁新報の記事と
同じ)」と掲載されている。
従ってこの年代には、各地の催しにもときどき出演していたとのことで
ある。
(二)、最近の活動
このように、鹿角地方を始め、各地の催しには戦前から出演していたこ
とは、前述のとおりであるが、戦後になっても、ときどき、招待を受けれ
ば意欲的に出向いてきたところである。
平成五年、秋田県無形民俗芸能大会(於北秋田郡阿仁町)に出演した。
中でも、平成九年十一月、香川県三木町において行われた、第十二回国
民文化祭かがわ97「みのりといのりの芸能」に出演したことは特筆すべ
き活動成果である。この文化祭の特色は、世界各地の獅子舞を一同に集め
て演ずることとして企画されたものである。特にアジア各国の獅子舞も数
多く参加して、それぞれ特徴ある舞を披露した。松館天満宮三台山獅子大
権現舞は、秋田県を代表する獅子舞として出演し、舞台では権現舞を舞い
廻って、各国の参加者や、関係者の好評を博したのである。
平成十年、秋田県公民館大会(於鹿角市湯瀬温泉)に出演した。
平成十二年九月、秋田県民芸術祭(於秋田市)に出演した。
このほか、各地域で催される無形民俗芸能の発表会、鹿角市の公民館活
動の一環行事や各種文芸文化行事、鹿角市の観光関係の催し等々に積極的
に参加してきたことは枚挙にいとまがない。
………
(完)
「松館天満宮三台山獅子大権現舞」
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