平成15年3月鹿角市教育委員会発行、鹿角市文化財調査資料71集 鹿角市指定無形民俗文化財「川原大神楽」 無形民俗文化財記録作成調査報告書 一 目次 はじめに 例言 無形民俗文化財記録作成調査委員会 目次 第一章 調査概要 第二章 芸能の伝承地の風土 第三章 芸能の記録 第一節 由来・縁起 第二節 祭典の次第と芸能のかかわり 第三節 月山神社に対する信仰 第四節 芸能の構成・芸態 第五節 鹿角周辺の大神楽・権現舞 第四章 芸能の保存伝承 第一節 保存伝承組織 第二節 芸能の伝承法 第五章 文献資料 ※ 付録資料 ……… 第三章 芸能の記録 第二節 祭典の次第と芸能のかかわり 一、例祭日 (一)江戸時代の例祭日 古くは、「祭典」のことを「盛り」とか「盛りこ」とも言い、庶民にと ってこの日は、この上ない楽しい休日であった。 江戸時代、鉱山に働く人々の「休日」に関して、『鹿角市史(第二巻 上)』によれば、尾去沢銅山が藩営に移った当時の、諸働き人の一年間に おける休日に関する定めが『御銅山御定目帳』に記されているという。 それによると当時の休日は、年末年始や盂蘭盆だけという厳しいもので あったことがうかがわれる。 そのなかで、祭典の関して、 「但し花輪稲荷、毛馬内月山と隔年之祭礼也。尤花輪ハ七月廿日、毛馬 内ハ六月四日なり。」 とあり、つまり祭典の日は、休日として認められていたことがわかる。花 輪の幸稲荷神社の祭礼と、毛馬内の月山神社の祭礼は隔年に行っていた。 花輪の祭礼は七月二十日、毛馬内の祭礼は六月四日であった。 なお両神社は、江戸時代は鹿角郡内総鎮守の産土神とされていた。 (二)戦前の例祭日 第二次世界大戦終戦ころまでの月山神社の例祭日として、『鹿角市史 (第二巻下)』の「村の年中行事」において、次のような趣旨の記述があ る。 「(旧暦)六月十三日は毛馬内月山神社の祭典であるが、全郡的である。 新暦(太陽暦)になってからは、一カ月遅れの七月十三日となった」 また、『神道大辞典』(昭和十二年初版発行)によれば、「月山神社 秋田県鹿角郡毛馬内町毛馬内に鎮座。県社。月読命・倉稲魂命ウガノミタマノミコト を祀る。例祭日陰暦六月十三日」とある。 (三)現在の例祭日 現在の月山神社の例祭日は七月十二日であるが、昔からの慣習として氏 子たちは、十一日から十三日、ないしは十四日までも「お祭り」を楽しん でいる。 つまり、十一日は神明社から里宮までの神輿渡御(神幸)、十二日は奥 宮本殿で例祭々式、同夜に里宮で川原大神楽や各種芸能の奉納神事、十三 日は神輿還幸と川原大神楽の巡行(門付)が行われる。そして十四日も川 原町内などでは、川原大神楽の門付が行われる。 |