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11 川原大神楽

二、祭典の次第
 
 月山神社の祭典は、七月の半ばの蒸し暑い時期に執り行われる。時節柄
梅雨の季節にあたるので、降雨の確率は高く、しばしば雨天になることも
あるという。
 
(一)七月十一日
 この日の午後、古町にある神明社の収納庫から神輿を取り出し、必要な
飾り付けをする。神輿に神霊を遷すなどの神事をした後、神輿渡御(神幸)
の行列を組んで里宮へ向かう。行列の順序は、拍子木、触れ太鼓、お祓い、
幟、猿田彦、神使の兎を載せた山車、神輿、稚児や巫女たち、宮司、氏子
総代(神社責任役員)、川原大神楽一行などである。神輿をかつぐのは、
当年の四十二歳の厄年のあたる氏子たちである。
 神輿は、里宮に安置される。以前は、神輿を奥宮の月山神社にかつぎ上
げて神霊を戴き、その後に里宮(休堂とも)へ向かったという。
 
 この日の夜、「川原大神楽」の宿として利用している川原自治会館に、
氏子で自治会会員でもある神楽関係者がぞくぞと集合する。
 会員は、それぞれ楽器や舞具の最終点検をしたり、獅子舞のときに用い
る「幣束」を作る。また獅子頭の髪やその幕の飾りとして、「紙垂」など
を作って取り付ける。
 川原大神楽の「お宮(山車)」には、月山神社の分霊の依代となる、三
段(重)枝の若い赤松や、紙垂などを飾り付ける。
 神楽山車は現在は軽トラックであるが、以前は荷車を用いていたという。
車の後部には、締太鼓や賽銭(お供物)を納める櫃(箱)などがくくり付
けてある。
 
(二)七月十二日
 この日午前、奥宮である月山神社において例祭の神事が執り行われる。
 宮司以下神職などの祭員、氏子総代や神社責任役人、うら若い巫女たち、
老若男女の氏子たちや崇敬者などが、自家用車やこの祭典のために貸し切
ってあるタクシーなどを利用して神社へ参集する。
 関係者は、神社手前にある、とうとうと流れる清水の「手水舎」で、手
や口をすすぎ清めて神社へ入る。
 所定の時刻(普通は午前十一時)に、関係者は指定された座に着く。
 まず祭員による「祓詞」奏上とお祓いが行われる。
 当月山神社は旧県社に指定されたことのある由緒ある神社ゆえ、例祭の
神事は、神社本庁で規定する「神社祭式」に準じて粛々と進められる。
 関係者一同、祭式開始の一拝をし、続いて宮司が本殿の御扉を厳かに開
く。
 祭員は神饌を捧げ持って、神前にたてまった後、宮司は「祝詞」を奏上
する。
 次に神社本庁から派遣された献幣使が本庁幣を献納し、「祭詞」を奏上
する。
 続いて若い巫女たちが「浦安の舞」を舞い納める。
 宮司以下関係者が順次神前へ進み出て、神への捧げ物としての「玉串」
をたてまつって拝礼する。
 そして本庁幣、神饌を取り下げ、御扉を静かに閉じる。
 終わりに関係者一同、祭式終了の一拝をして、全ての神事がとどこおり
なく終わる。
 この後に直会へと続く。直会は拝殿において、関係者一同が神饌のお下
がりとしてのお神酒や料理を戴くことが通例となっている。
 
 この日の夕方、里宮では慣習により「宵宮」が行われる。以前の祭典当
日が十三日であったため、その前日の十二日は宵宮としての神事が執り行
われるのが慣わしとなっているのである。
 ここでも巫女たちの舞が奉納される。月山神社で舞い納めた巫女たちの
ほか、やや幼い巫女たちも舞を舞ってを奉納する。
 宵宮神事の後、町内の祭屋台で奉納するいろいろな芸能関係者が参集し、
お祓いや拝礼、そして数々の芸が奉納される。
 やがて川原大神楽一行も、笛、太鼓、ジャガで神楽囃子を奏でながら里
宮に参集する。お祓いと拝礼の後、獅子舞と万歳を奉納する。
 この宵宮には、氏子総代や神社責任役人のほか、町内の老若男女も多数
参拝し、また川原大神楽の後継者とみなされる児童なども集まっている。
 
(三)七月十三日
 この日は、慣習としての「本祭」の日である。
 朝から川原大神楽一行は、巡行(門付)のため町内の各家々へ出まわる。
なお門付とは一般に、人家の門口に立ち、音曲を奏したり芸能を演じたり
して金品を貰い歩くことをいう。「川原大神楽」の門付は、各家々の所望
により、その家の前で獅子舞を舞って悪魔祓いを行い、お賽銭として何が
しかの金品(お金またはお米)を得るものである。金品の多寡によっては、
万歳を演ずることもある。
 午後、里宮から神輿還幸の行列を組んで、神明社へ向かう。神明社で納
めの神事をした後、川原大神楽の獅子舞と万歳を奉納する。
 
 なお、十四日も川原町内などで「川原大神楽」の門付が行われる。
 以上が、神事と関連する「川原大神楽」の奉納状況である。

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