七、 松館は粘土の産地として有名 市内八幡平字松館は、昔から粘土の産地として有名で、鹿角の陶芸の 歴史などを紐解くと、必ず松館の地名が散見される。 松館の粘土の由来は戦前戦後を通じて、小坂鉱山、及び尾去沢鉱山の 溶鉱炉などの耐火レンガ用として用いられたのである。冬になれば一家 総出で粘土運びをし、毎日、何台もの馬橇が小坂や尾去沢へと運んだの であった。私も手伝った記憶がある。 しかして松館の粘土は、鹿角の各鉱山跡にも見られるような、ミルク 系〜水色系〜薄緑色系のやわらかい岩石混じりの土であったと記憶する。 採掘現場には今でもトロッコ用のレールなども残っており、三ノ岳の中 腹の、国有林でもなく、また地表に露出しているので「鉱区」の制約も ない場所である。ここの粘土が、何年となく、また多量に運ばれたとい うことは、粘土の中に他の貴重な金属が含まれていたのではないかと推 測することは難くない。 松館辺りにはこのような粘土や、火打石のような硬い岩石、赤い石、 赤い土なども各所に露出している。これは松館の位置は、南には田の沢、 真金山、黒沢(栃沢)、大葛の各鉱山、北には尾去沢、土深井、小真木 (白根)、亀田山、小坂の各鉱山へと連なる線上にある。したがって、 鉱物資源など珍しい鉱石や岩石が地上に露出しているものと考えられる。 硬い岩石は鉱石などを砕く石臼とか焚口の石に用いられた。三ノ岳頂上 付近には同様の岩石を掘った跡が認められる。赤石も三ノ岳の山麓一帯 に見られ、花輪の赤石山恩徳寺の前身である、石鳥谷にあった赤石山恩 徳庵の山号の由来もうなずかれよう。 |
