鹿角 八幡平 松館 菅原神社春季例大祭参拝の記:はじめに |
蒙古話しはまた横から横にそれて、何が本題だか分からなくなってしまったが、 とにかく1200年代蒙古がくる話しにもどることにする。孫もくたびれてねむくなってきたろう。 私もくたびれた。ともあれ私が草刈りをやるときは、10分やれば10分休むが、 その要領で行間をもっとあけて、それなりの見出しをつけると、読む方もそこで一休み、 また明日となるわけですが、こうノッペラボウに書くと、軍人勅諭じゃないが、 見るだけでムウンザリする。というわけで、後少し頑張ることにする。 なにせ余命いくばくもなしだ(病気じゃないが)。 頑張って孫に話しの種を残してやらにゃあーどころか、来年天神さんを拝みに行けなくなる。 というわけで蒙古の襲来だが、時の政府(鎌倉・朝廷)は蒙古からの国書は無礼だ、 と返事も出さずにぎりつぶしたのがことの発端らしい (事はそう単純ではないらしいが)。 私達は小学校の頃5〜6年(昭和8、9年)になると国史、高等科になると歴史といって (少し巾が広くなる)、蒙古襲来を元寇といって少しはくわしく習ったような気もするが、 おぼえているのは神風が吹いて敵の船がみんな沈んで、生きて帰ったのはたった三人だった、とか、 我が方のさむらいは敵の大きな船に帆柱を倒して梯子にして登り、敵をやっつけたとか、 そんなことぐらいで、元の国書に何んと書いてあったか、なんてことは習わなかったような気がする。 たゞ、いうこときかねばやっつけるゾといったおどし文句があったとかいうぐらいで。 それでまたさがしてみた(歴史の先生にそんなことも知らねえのか、とわらわれるが)。 東大寺にその写しが残っていたという。 それは「上天眷命 大蒙国皇帝、奉書……」とほゝだ。 それで全文読み下して書いてくれてあったが、いくらカナをふってくれたといっても、わからねえのは、 わからねえよナ。 上天の眷命(けんめい)せる、大蒙古国の皇帝、書を日本国王に奉ず。 朕(ちん)惟うに古より小国の君も、境土相接すれば、尚務めて講信修睦す。 況や我が祖宗は、天の明命を受けて、区夏(くか)を奄有(えんゆう)す。 遐(はるか)なる方(かた)の異域にして、威を畏れコに懐(な)つく者は、 悉(ことごと)く数うべからず。 朕即位之初、高麗の無辜(むこ)之民が久しく鋒鏑(ほうてき)に瘁(つか)るるを以て、 即ち兵を罷(やま)令(し)め、其疆域(きょういき)を還し、 其旄倪(ぼうげい)を反(かえ)す。 高麗の君臣は感戴し來朝せり、義は君臣と雖も、 歓(よろこび)は父子の若(ごと)し。 計るに王之君臣も亦、已に之を知らん。 高麗は朕の東藩なり。日本は高麗に密迩(みつじ)し、開国以来、 亦た時に中国に通ずるも、朕が躬(み)に至って、一乗の使以て和好を通ずること無し。 尚、王の国、これを知ること未だ審(つまびら)かなざらるを恐る。 故に特に使を遣し、書を持して朕が志を布告す。 冀くば今より以往、通問して好(よしみ)を結び、以て相親睦せんことを。 且、聖人は四海を以て家と為す。相通好せざるは、 豈(あに)一家の理ならん哉。 兵を用うるに至るは、夫れ孰(いずく)んぞ好む所ならん。 王、其れ之を図れ。不宣。 至元三年八月 日 |
蒙古国書 至元三年(1266)八月 上天眷命 大蒙古国皇帝、奉書 日本国王 朕惟自古小国之君、境土相接、尚務講信修睦。 況我祖宗、受天明命、奄有区夏、遐方異域、畏威懷コ者、不可悉数。 朕即位之初、以高麗無辜之民久瘁鋒鏑、即令罷兵還其疆域、反其旄倪。 高麗君臣感戴來朝、義雖君臣、歓若父子。計王之君臣亦已知之。 高麗、朕之東蕃也。日本密邇高麗、開国以來、亦時通中国、 至於朕躬、而無一乗之使以通和好。尚恐王国知之未審、故特遣使持書、布告朕志、 冀自今以往、通問結好、以相親睦。且聖人以四海為家、不相通好、豈一家之理哉。 以至用兵、夫孰所好。王其図之。 不宣。 現代語訳 蒙古国書 至元三年(1266)八月 上天の眷命せる大蒙古国皇帝、書を日本国王に奉る。 朕思うに、小国の君は、国境を接していれば、古(いしにえ)より修睦に努めたものだ。 まして皇帝は天命を受けて中華を治め、夷狄も威を畏れ徳を敬い、我が国に参上する者は数知れぬ。 朕が即位したとき、高麗では無辜の民が兵乱に疲れて久しかった。朕は国境より兵を引き揚げ、老人子供を帰した。 高麗の君臣は感激して来朝し、形式は君臣であるとはいえ親子のように接してきた。 日本の君臣も、これを知るべきである。 高麗は、東の属国である。日本は密かに高麗と通じ、また時には中華とも通交してきた。 朕の代に至るに、使者を一人も送らず、和を通じることもない。日本国王は、いまだに中華をよく知らないのではないか。 それゆえに朕は使者を派遣して国書を持たせ、志を告げるものである。 願わくば使者を往来し、親睦を深めようではないか。 聖人は四海(世界)を以て家となす。通交しないことは、一家の理ではあるまい。 兵を用いるのは、好むところではない。王もよく考えて欲しい。 不宣。 |