GLN「鹿角篤志人脈」:相馬茂夫

鹿角 八幡平 松館 菅原神社春季例大祭参拝の記:はじめに

紫式部
 この頃となれば、やはり紫式部が思い出される。彼女は旦那の藤原の宣孝に死なれて (11001年3月)独り者になってヒマッケだから源氏物語を書きはじめ、 翌1002年にはその一部ができたという。 なにせ才媛の誉れ高かったのだろう、道長の娘彰子に仕えて学問を教えたという。 先日(平成23年(2011)5月30日)の夜七時からの民放の番組の解説で、 1008年11月17日源氏物語天皇に献上という見出しがあったので、 どうせタレントとかいう人達のバカさわぎのクイズものかと思ったが、 そんなこと知らなかったので見てみたいと思ったが、用事ができて見ないでしまった。
 紫式部というと秋になると紫色の粟つぶのような美しい実をいっぱいつける木を思う、 あの紫色の実が秋の夕日に輝くのは本当にきれいだ。 源氏物語を書いた紫式部もきっと美人だったろうと思う。

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