奈良伝右衛門え対する挙動の不法也。
同姓幾名あるとも、奈良庄重郎、奈良伝右衛門、奈良重助、各其資格に区別あり。
奈良庄重郎は盛岡に住居の家宅にあり、奈良伝右衛門、奈良重助は代官の支配にて、
鹿角郡花輪町佐藤屋庄六方に同居、配寓代官に於て聞届、公然許可の公告を為したり。
奈良庄重郎は盛岡に於て返上地の手続きを疾くに執行相続したる後、
奈良伝右衛門え差図を為し、絵図をして再返上の用無きもの也。
又奈良庄重郎は、盛岡、則城下住居にて、家老目付勘定奉行直轄の士分也。
奈良伝右衛門は身分一段下席、代官支配花輪給人也。
故に代官は、奈良庄重郎へ命達する権利無き者也。
而巳ならず奈良庄重郎は、奈良伝右衛門に差図して絵図を指出さしむるの必要も無く、
且返上地の手続きは、百般の返上者と同一に、絵図を指出たる者、一人も無之。
又差出せとの沙汰も無之。然るを数月の後、何の用なき絵図を指出すべき謂れも無く、
我等同姓の者は、汝より買得たる身帯に生活する貧生に非ず。
既に奈良伝右衛門、身帯五拾石の内、三十石は金方弐拾石は知行地方小高帳証文返上して相済み、
前後に於て返上地の絵図を差出せと沙汰を受けたる事、一切之れ無きもの也。
殊更奈良庄重郎返上地は、碇村の外に数十ケ所有之、右壱ケ所たり共、絵図差出たる者、
一切無之。 此の如き無根の事を故造、既に汝不如意に窮し、金の成る木を得んと、 隠居大矢勇太郎、横浜七郎再勤せしめ、勝手元詰役を申付、責むると雖も、彼等も又、 衝を得る能はず。日に月に相迫り、領内人民より用金を徴収する能はず。 他領金策整はず、売与家来の家禄取り戻し候と雖も、賄方の補充とする能はず。 汝、正当経済の道を開く一人の忠良無く、途方に迫り、性来固有の悪意の外に技倆なき為め、 楢山佐渡に謀り、卑策密計の案を起し、密談の末、勝手元詰大矢勇太郎、横浜七郎に解きて、 佐藤屋庄六の財産闕所の悪意を巧みて、其費途を補充せんと兇暴を逞ふし、 大矢勇太郎、横浜七郎の両人は、此密計に不同意を表し、弁じて病と称し出仕を為さず。 楢山佐渡は、同志目時隆之進を尋て謀る。 隆之進云く、佐藤屋庄六は南部家領分第一の地位に在る豪商也。 然れども彼れは傍ら奈良伝右衛門と家来格の名義有て、 一家両名也。故に南部家は、佐藤屋庄六を闕所の名目を採らず、 家来格の奈良伝右衛門を刑罰に処し、其財産を取上るに律例の用無く、 主人は、家来を賞罰するの威光を以てするに、家来の分として何等苦情言立ると雖も、 役人は採用なさず。又罪名の如きは、如何なる名を附しても差支なかる可しと答へ、 佐藤同意を得て、大矢勇太郎、横浜七郎は、病に託して、遂に出仕を為さず。 大矢勇太郎出仕し、汝の手元に於て、佐渡、勇太郎密談の際、勇太郎云く、 上は家来を賞罰するに罪の有無を論せず。賞の有無に拘はらず賞罰、 御前の思召を以て行ふは随意なれば、奈良伝右衛門の身帯を取上ぐる分に限り、 仔細無しと雖も、佐藤屋庄六の財産闕所したる後日に於て、奈良伝右衛門は、 御家来資格の名義を要せず。無論佐藤屋庄六の一名資格を以て、政府へ直訴に及ぶ時は、 政府え対し如何んとも申開きの道なく、南部家の耻辱と成る。 当然に付、佐藤屋庄六、財産闕所の義、思召止められ、奈良庄重郎以下、穏便に置かせられ、 然り而して、御金操御用は、公然佐藤屋庄六一人え貸上、御用金被仰付候はゞ、 御家の為め、御領内の為め得策也と陳述し、 殊に国民の財産を闕所するは、公義御法度の交易に源因する財産、 贋金鋳造に源因する財産、私領御預に於て盗取たるの不正物件に限る、 財産にして其他純良正当の財産闕所するの律令、公私の比例無之趣。 大矢勇太郎進で之を忠告して諫言す。 然るに楢山佐渡云く、 勇太郎殿、此の如き案外の掛念する所あらば、奈良庄重郎、奈良伝右衛門え牢舎申付、 何年にても牢獄に置く時は、如何するものと知るや、と問う。 勇太郎は、佐渡、不法の壮語を恕する能はずして云く、 佐渡殿、左様に迄御用心成さるゝ時は、公義へ直訴する。人間無之に付、 然らば然るべしと相答へ、利剛、佐渡、勇太郎卑策決談を為たるは、 則ち安政四年閏五月十日の事也。 此の故意を以て言渡書を故造するに方り、 本犯を奈良庄重郎とし、従犯を奈良伝右衛門とす。 冤罪に処刑したる者にて、政治以外、威力強盗の所為也。 之れ油売親族、若年寄石原汀、身帯家屋敷家財取上、内堀若狭え預け言渡文と同様也。 而して石原汀親類中に言渡しを以て、家財は本人妻子え被下置候旨言渡したる。 近き新例に慣へ、奈良庄重郎、奈良伝右衛門え対し、身帯家屋敷家財御取上、 揚屋入被仰付者也と言渡し、而して家財は本人の妻子え被下置候旨、 奈良庄重郎親類えは住所盛岡に於て言渡し、悉皆の家財を還附為したり。 奈良伝右衛門えは住所花輪に於て言渡して衣類道具の類而巳を還附し、 以て財産は汝、略奪の儘返還を為さず。 言渡と挙動と同一ならざるに於ても、司法行政の役人等の所為に非ずして、事実盗賊の所業也。 |