佐庄物語「旧盛岡藩華族南部氏兇悪大略」

△封建藩閥制度の実を挙て今日国民の冥護に感ず
南部家俸禄は、元弐万石、四万石に昇らざるも、徳川家の代に至り、 席高拾万石の軍役となり、其内弐万石を分家八戸に分地配当し、席高八万石、 右え新田開拓高弐万石を加え、元高拾万石席に政府より命ぜられ、 而して近世、大膳大夫利敬は、二本松丹羽左京大夫と江戸城大広間に於て、 同格次席に平和ならず。 浅野内匠頭の二の舞を踏んと、殿中に於て、不穏の状態を現し、 同席諸侯、之を押留め、厚く忠告して、平穏ならしめ、後、大膳大夫利敬は、 老中板倉氏え内願に及、席高弐拾万石の軍役を命ぜらる。 然りと雖も、領地の拡張にあらず、隠田内高を役高に加へ、丹羽氏の上席に座する而巳ならず、 家格昇進に付、経費の増額を慮り、顧みて土地人民の保護を厳にし、 土民の貧困を救済に勉め、以て国家の経済に一層重きを置き、市町村に目安函を設置して、 土民の直訴を採用し、以て律令家制を改正して、公私の責任を公平にし、 政府の免許を得て、法制を定め、之を文化律と云也。 此救済に起源し、以て領内の人民、慶福に富み、百般の僥倖、山野の開拓、新田高の増殖、 献納の増額、年々月々収入の多額を加え、上下の光栄、他領に譲らず、 開拓新田高増殖、以て増高に倍し、下は金穀貯蓄して、耕作商業、海山物産の繁殖、国民の安寧、 万歳を謡、一大吉相示現し、上は軍用準備、倉庫に充満し、 軍備黄金を以て本丸に光堂神殿を建設して、祭主利敬は京都吉田神祇伯の門に入り、 神官と成り、以て領内一般、各町村氏神の社主に直命して神事祭礼を執行せしめ、 土民にして一己の不平無く、一人の貧者無し。上下倉庫の空しき無く、 金鉱山の産出も殊に多額にして、坑内迎ふ所一も鉱脈に当らざる無し。 他は牢獄の荒廃と、役人の緩慢なる而巳、上下嫉妬の念無きを表せり。
 
然るに図らざりき不幸にも、偉勲利敬君長逝し、後遺跡を継ぎたる利用君の急逝に、 乾坤顛倒する源因と成り。油売の妻女と邪智長じたる家老等共謀、終に仕遂げ急死。 利用君の死跡を横領し、油売妻の私生子修礼は、弐拾万石盛岡城主たり。 花輪伊豆、横沢兵庫は、知行身帯高加増を得て、高知壱千石家老職たり。 修礼事、改名南部信濃守利済と称す。官位従四位下左近衛権少将に昇たり。 南部家創業以降、無例の任官なり。利済、挙動最上、極淫の中に、種々其趣向を異にし、 常に公務放棄して人民の災害疾苦は敢て諒せず。 非人坊主、二重台に昇り、邪智の言上を容れ、以て忠士を排除し、 日を遂て悪漢と愛妾を集る而巳、三百の婦女を招集して花美を尽す。 土民の疾苦と自己の腎虚とを顧みず。 江戸の錦絵源氏室町少将の風俗を装へ、仙台萩伊達氏の吉原通ひ、妾婦等を娼妓高尾に装へ、 老女中老女は夫是を配意して歓を呈し、邪智に長じたる家老用人等、 大に之を補翼して、同感淫情色慾に移り、江戸に至れば、 吉原に遊蕩し、廓の風俗を採て呈するを有功とし、伝染して盛岡の流行となり、 主従経費の増額、定例高役貢税を以て支弁する能はず。
 
負担は一般人民の頭上に落雷す。 民業海山産物は御側御用と唱へ、時価の十分之一を以て押買し、人民食用に売買する者あれば、 密売買と称して牢獄に拘留し、又賄賂を以て放免し、上席役人は賄賂を以て下役を売り、 役人所得は御用経費の名目を左右に仮り、自己の活計とす。 米大豆も時価の十分の壱を以て年々買上、大阪に送り、 総て運搬は御用物と称して人民の夫役に充て、無賃金の人馬を以て運送せしめ、 米穀は他領の者に売却するを厳禁し、又他領より輸入する物品諸荷物は、 運上金と唱へて厳重領境番所に於て輸入税を徴収し、 卸小売する商業者には商業税を徴収の頻繁なる。 貢米買上、米大豆買上、物産等の運搬より、役人通行滞在道路橋梁治川修繕費は、 悉皆地方人民の負担とし、高役に対する徴収増額頗る重税に、地所の収支を償う能はず。 人民は耕地家屋敷を投棄て領内を去て、一家一族、他領に乞食と成り、 四方に流散、餓死する者少からず。亦巳むを得ず其地方に遺る人民は、 其失跡の納税を負担償納するの制度ありて、尚ほ之に加ふるに高割分限割用金徴収せられ、 甚しき痛苦を与へ、年々益々窮苦を重ね、道途に啼泣するを逮捕して、時々投獄の責に命じ、 如何に努力するも、役人等の需めに応じ得べきに非ず。 是を以て児生るゝも、無生育する能はず、産婦は産児を殺すを常とし、 翌に食する飯米備る能はず、所有物売代と為す。 然れども役人の徴収に猶予なく、憐むべく境遇に在て、脅迫の極り無き、 加ふるに窮民、牢獄に充満し、牢邸に於て討首惨刑に罹るさへ、少しとせず。 天を仰ぎて道途に餓死する而巳。地獄の門開扉の有様を現し、少将様大守様御家老御用人と敬へ、 毫も尊ぶの念慮なく、田畑耕地は荒廃藪地に復し、夥多実業閉塞し、 人民酷苦の上に江戸表大地震に付、江戸表櫻田屋敷焼失し、参府中なる利剛氏は主従帰国して、 単に家屋圧倒の下に痛苦したる恐怖の念を忘れず、江戸屋敷再営の意なく、 名を江戸屋敷造営御用と詐称して、領内人民に割当て、不時用金を徴収して、 我儘に城内奥向建物改造し、其美を極む。

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