佐庄物語「旧盛岡藩華族南部氏兇悪大略」

△卑賤人種は上淫を好むと盛岡士民の流言
南部利剛は、修礼の三男にして楢山佐渡伯母於礼津の腹に生れて、鉄五郎と称し、 家来北土佐の娘を妻とす。 鉄五郎は、実兄甲斐守を害して、其家を奪ふに際しては、北土佐をして、 大老職に挙げ為したる悪謀なり。 鉄五郎、兄家を奪て大守と自称し、妻を於常殿又は於常の方、又は常様と称すべしと、 再三盛岡領分に公布し、然るに常様なる者、妊娠中盛岡城の落雷に斃れたり。 後妻を水戸徳川家と縁談相成りたる。 其当時、盛岡士民の流言に云に、卑賤人種は、上淫を好むとの説起り、 諸人同音流浮したるは、誰の事を指したる者と、汝、之を知るや。 予は断乎として、利剛を指したる者と信ぜり。 松姫君、御婚礼御用と唱へ、盛岡領内高に割り宛て、以て婚礼の費用金を徴収し、 利剛奢侈淫蕩蜜妾子の為め、徒らに散費して、水戸徳川家へ対し、婚礼延期再三に及び、 終に延期する能はざるに迫り、婚礼に付、経費準備金調達方に極窮して、 悪意を生じ、利剛、楢山佐渡共謀して、予が家宅に暴行し、金品強奪の内、 純金を政府金座へ買上を願立たるを以て、曩きに先代利済は、金山引当拝借金に対し、 一切産出無き旨を申立、延納理由を不知して、突然純金買上願立たるに付、 差出たる純金差押へ相成り。金座役人へ賄賂を以て内済し、 不吉を示し、加ふるに其不正金を取扱たる御婚礼御用掛りと称する、利剛手元用諸事を預る 納戸役長瀬三鬼助なる者、該御納戸金費用したるを咎め、国元より為登金を以て償還、 猶予与えず。 身帯家屋敷取上げ、野田へ追放申付たる等、主人に不似合、人倫の秩序無之。 水戸家へ面目を知らす。利剛、不正賍物再三凶事を告げ、後妻を其当時将軍徳川家の 門葉水戸家に望み、困難凶事を重ねて結婚執行したる、 不吉不潔の挙動に付、之を称して盛岡士民は、即ち卑賤人種は上淫を好むと唱呼したる、之れなり。 水戸家に於ては、徒らに汝等に欺かれたるにも拘はらず、水戸家縁談は、 予、一の大災害の起因とも相成り。予所有の財産に関係を相蒙りたる事実、 以て、予は水戸家に裁断を望むの熱心あり。

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