佐庄物語「旧盛岡藩華族南部氏兇悪大略」

△南部利恭え相係訴訟に対し東京地方裁判所審理蒙晦
予は、汝等に対し、代人川村秀俊を以て、曩きに下谷治安裁判所え財産取戻し、 之件勧解を仰ぎたり。 然るに汝等の答弁に云、既に盛岡藩の藩籍を現政府え引渡しの節、 物件も共に政府へ引継ぎたるものに付、原告は現政府へ相係り要求すべき勿論なれば、 被告は答弁の義務なしと、答へたり。 専任官は、此の陳弁を容れず、正しく政府へ引継ぎたる証拠を提出すべし。 然らざれば、返還の義務免るべき者に非ずと、説論あり。 汝等の代人退て、次に言を左右に託す。政治上の処分に由り、取上げたる言渡書と唱へ、 隠匿の謄本提出為したり。 其壱部を予に下附せられ、以て予は、弁駁書を提出したる如く、 予、要求の物件は、其言渡に毫も関係あるる非ず。 且予は、汝の繋留に由り、知るに由なき者也。 八年の後、放免の言渡を受て、生地へ帰村したるに、庄六家宅は他人の支配する所と相成り、 親類中へ尋るに、其当時、家財、同人妻子へ被下置者也と親類中へ言渡し、家屋内の諸道具衣類等 親族の者、既に受取りたる由、了承し、故に言渡書謄本に記載家財之要求に非ず。 此事実を下谷区治安裁判所え上伸し、右の家財外及奈良伝右衛門資格外右言渡書の以外に、相立候。 花輪町佐藤屋庄六所有の財産、返還を求むる要領申立候処、係吏、之れを容れ、 要求の物件、則庄六事、花輪正摸へ返還すべきものと認めらるゝ旨を、 汝に勧解説論せられたり。 然るに又も、汝等の代人は言を左右に託して、決せず。 日延を願立、姦智を以て元東京地方裁判所、其当時大審院判事池田弥市をして、 下谷治安裁判所長に依頼し、曲て専任官を圧制し、尤も本件は、其当時勧解庭及扣所に於ても、 其評判高き諸人の注目する事件に付、池田弥市は、治安裁判所え屡々往復するを、 諸人怪まざる者無く、加之に南部家次男英麿は、大隈家の養子となり、大隈伯は其当時、 条約改正外務大臣、其軋轢に斟酌するに非ずと雖も、池田弥市は、東京地方裁判所長たるを 嫌へ、彼の進退を俟て、予は起訴したる者なるに由り、 予、此実否を確かめんと、代人と同道勧解現場の模様と、専任官挙動視察するや、 果して溜扣所衆評の如く、前席一変し、係官、意の如ならず。 願下げせよの一言を察し、予は代人に示して、勧解不調を取り、東京地方裁判所へ 代人川村秀俊をして本訴要求を為したるに、按の如く、大隈学校員岡山兼吉、汝等の代人と成り、 被告答弁書提出し、其答弁の趣旨を、予、一読するに、一切の事実を隠匿し、 野賊強盗の所作、乾坤して政事上に故造し、虚妄詐欺の答弁を為したり。
 
原被代人対審の末、予は同道本訴の証憑に照依して、事実を陳述し、専任官黒川判事補は、 予、述べたる事実明瞭を容れられ、専任官は加害被告代人へ対して云く、 被告人は事実、元家来奈良伝右衛門の家禄取上げ、家来席除名したるは、政治上の処分と云ふも、 家制の処分と云ふも、右に関せず。且原告は、元家来の資格を以て身帯家財取戻の要求に非ずして、 則人民花輪町佐藤屋庄六は、諸国に聞へある豪商に付、領主南部家の用達をも相務め、 領主へ金穀も献上し、有功の財産家にて、他に何等の犯罪もなく、 又た何等の言渡も無く、不意に庄六の家宅に暴行し、財産を押取したるは、 御一新の已前とは云ふものゝ、何国の政事上にも聞きたる事は之れ無し。 不法なる事柄を為したる者也。 今之れを顧みれば、被告代人は、如何に思ふそやと尋問せられたり。 汝の代言人岡山兼吉、姑くして答を云く、如何にも無法なる事を為したるもの也、と述べたり。 専任官云く、被告人等は、単に政治上と而巳言立ると雖も、本訴被害原告本人の陳述を聴くに、 被告人の挙動は、政事上以外の挙動に付、原告の請求至当也と認め、 被告人は、右返還すべき義務あるを認定し、 之に因て被告も原告も得らるゝ丈けの証拠物を調へて提出すべし。其上にて審理裁判すべしと 言渡されたり。 本席退庭の際、岡山兼吉は、是大変、南部家身代限りと一言して、 庭外に走り出門せり。 予と川村秀俊と、控え所に居遺り協議中、池田弥市は東京地方裁判所に至り、数時間にして退庁し、 其后、探偵を凝らし、聞く所によれば、池田判事、黒川判事補と別室に密談、 且池田判事の往復屡々なるを、諸人怪み、溜扣所の評判に登りたり。 果して本訴専任官は、原被告の対審も、証拠物の徴収も一切中断して、 被害原告曲庇の裁判を言渡したり。 局外者干渉は、汝等万一の僥倖とするも、予は天命を仰ぎ、悪姦を天誅するの仇念止らず。 不正栄花、天の与ふると否とを天命に任し、東京控訴院に本訴控訴提起したる者也。

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