△緒言 花輪正摸 予は、兇暴南部美濃守の強盗力に圧倒せられ、生地を去って諸所に流寓中、 慶応二年長崎奉行に仕へて公用に従事し、長崎に在り。 奉行所来賓外国士官執持に一層注意を尽くす。 特に愛顧を博くし、或時休暇を得て英国公使館に至り、予、方向を定めんと欲す。 英国全権公使に教誡を需む。 公使云く、「日本国は世界最下の小国なり、 此小国に於て六十にも七十にも区域を付け、一区域を一国と称へて其一区域内に住む人は、 自国他国と称へて、真に外国と云ふ。他国あるを知らず。 此一小国内に住む人民は、人種同一にして其容貌毫も異なるなし。皆之、同胞なり。 然るに同胞なる事を知らず、畜生同然なり。 此故に泥棒強盗力有って、仝胞の親密なる人情一致の精神に乏しく、 兄弟相争へ、強盗力に強き者は領する区域を広くし、弱き者は区域を狭め、 又は威力の下に家来となり、農商となりて強盗に貢税を納め、塗炭に苦しむ。 其大なる強盗は、即ち今日の幕府にして、之の次ぐ者は、名称を作て大名と云ふ。 今日日本は治りてありと云も、我輩、外国の人の目より視れば、少しも治りてあるに非ず。 昔の強盗は今日の乞食となり、故に日本程小国にして乞食の多き国は、外国には、一も有るにあらず。到底日本は此儘にては、永く外国と交際の続くべき道理あるにあらず、 我大英国は之を得んとすれば、容易に得るものなれども、 日本国は、世界万国に比類なき皇統一系の皇帝国也。 日本皇帝陛下と、我大英国女王陛下と直ちに交際を求めんと欲すると雖も、 日本国乞食頭幕府なる者は、之を妨げ、我大英国女王陛下の望みに任せず、甚だ無礼を極む。 今一両年を過さば、必らず望みに達するの見込あり、然に時は日本国内区域、 乞食を全廃して、之を一国に改め、日本皇帝自から大政を挙行するに至るべし」と云ふにあり。 予は其教誡心胆に貫徹して、大に悟る処を得たり。 予は信じて、他を顧みず、一両年口肱を凌ぎ、密に期の至るを待。 果して慶応四年戊辰の春に際会し、本望に達す。 我大聖文武天皇陛下の詔勅を拝視するに至り、愈以て詔勅の御趣意を遵奉して、 片時も失する能はず、左に掲げて諸君の回想を招く。 慶応四年戊辰二月二十八日 |