「鹿角」
 
△九 奥羽アルプスの奥秘境八幡平
<汽車から見た八幡平>
 大舘を出た汽車が扇田鉄橋にさしかゝると、遥か東方の雲際に二つの高峰を見るで あらう、左なるは巾広い男性的な姿をして居る皮投嶽(三七〇二尺)で、右なるは細っそり とした女性的な扇をして居る五宮嶽(三六七九尺)である、此めをと嶽の霊姿に引きつけられ ながら、汽車がいつしか米白川の鉄橋を渡ると、皮投嶽は前山に隠れて僅かに頂上を 現はすに引きかへ、五宮嶽は殆んど其全身を現はして、我等を迎へるのである、 車窓から水源遥かに南方を見やると、五宮嶽の裾に蹲踞する八森(二九八三尺)の肩越しに、 南の果てを一人で塞いで居る一大高原が見えるであらう、即ち八幡平である。
 
 花輪から大里・宮麓を経て、一の渡橋に出で、八森の裾をぐるりと南に谷内に入るまでは、 全く八幡平が目に入らない、若しも終始その雄姿を仰ぎながら行かうとするなら、花輪から 尾去澤街道の稲村橋に出で、左折して米白川の川沿に、曙村松舘を経て、谷内に入るがよい、 そしてこの村の人、村長阿部藤助氏をば、必ず訪問して一切の案内を乞ふのが一番安全で ある、氏は八幡平の王様とも云ふべき人で、「フケの湯」と「又一硫黄山」の経営から、 この山に関するあらゆる計画と抱負とを持って、着々実行に取りかゝって居られるのだ。

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