「鹿角」
 
△三 産業の鹿角 農業・果樹・養蚕・畜産・林業・工芸
 鹿角に於ける各種産業中、最も他に誇るべきものありとしたならば、それは鉱山業 でなければなるまい、故に本誌は別に「鉱業地としての鹿角」を紹介するに依って、 此処には一般産業を略述する。
 
 鉱業を措いての主なる産業は農業である、耕地総反別七千六百町歩、内田は四千二百 町歩に畑地は三千四百町歩になって居る、之が農戸数専業兼業併せて三千九百九十三戸 なるを以って、一戸の耕地反別を概算すれば、一町九反歩の割合になるけれども、累年の 統計に依って見るも、歳々自作農を減じて小作農を増加するの傾向を呈し、所謂農業組織の 基礎、漸次危からんとする趨勢を来しつゝあるは、寔に寒心に堪へない、併し米産額は 耕地の整理、乾田馬耕、其他耕種肥培の改善に伴って其増加を見つゝあることは、聊か 心強く感ずる。
 
 殊に鹿角は畑地の面積、田に比して広大に過ぐるものあるを以って、是が利用を全たから しめて、生産の増殖を図ることは地方経済上、緊要のことでなければなるまい。
 幸、本郡の風土並に気候は果樹栽培に好適し、大小豆、粟、蕎麦等、普通畑作物を栽培する 以外、苹果(リンゴ)、桃、梨、マルメロ、桜桃(サクランボ)等の果樹を栽培するもの多く、 之が郡外に販売せられる金額又尠なくないのである、其他蘿蔔(ダイコン)、胡蘿蔔、 牛蒡(ゴボウ)、葱(ネギ)、甘藍(キャベツ)、馬鈴薯(ジャガイモ)、大蒜(ニンニク) 等の蔬菜栽培も、近年特段の進歩を表はし、生産額又之に伴ふやうに なって、他の先進地に比較して、さまで遜色を見ないやうである。
 
 養蚕業の起源は維新より行はれ、明治三十年頃稍盛況を呈してあったけれ共、鉱山業の 発達に連れて労力の欠乏を来たし、之が衰頽の要因となって、遂に不振に陥りしも、近年 再び之が気運恢復して、前途に曙光を認めたるかの如く思はれる。
 要するに本郡は、養蚕に適せざるに非ざるも、只工業界の好況に労力を吸収せられた結果、 不振の状態に陥ったのであって、殊に秋蚕の如きは、他に比して遥かに優るものありと云ふに 依って見ても、必ずや漸次予期の目的に到達し得ることを信ずるのである、殊に他府県に於て 困難とせられる秋季一化性飼育は、極めて容易であって、秋蚕種製造地として頗る有望とせられ、 近年漸次他に移出せられつゝあり。
 
 畜産業、所謂南部馬の産地であった旧藩当時に於ては、牧畜業奨励の為め放牧地を開放して、 何等禁制を定めること無く、斯業は著しく発達して、啻に飼育頭数の多いのみならず、駿馬 の産出又尠くはなかったけれど、国家森林政策或は山林行政の法布かれて以来、放牧地の面積 を限定せられ、漸次其の飼養頭数を減ずるの止むを得ざるに至ったことは、斯業に取って甚だ 遺憾に堪へない、然し乍ら産馬に於ては「ハクニー」「アングロノルマン」「ペルシュロン」等の 優良種牡馬を以って、体質血統の改善に努め、牛に於ては「ホルスタイン」「短角」「エーアシャ」 種等の優良種牡牛を以って斯業の面目を一新したかの如き観あるは、欣ぶべきではなからうか、 殊に肉牛として年々郡外に移出せられる金額は多大なものである。

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