「桑の實」
 
  追 憶
                昌子

 私は貴男に、十年以上も逢わなかった。南方の復員の人々が次々に還って、 十年以上の歳月のおもかげを復員の貴男に見られるものとどんなに待ったか知れない。
 歌の手紙の往復が姉弟らしい唯一のよりどころだった。
 だが、今はもう何も彼も終わってしまった。激しい文字で書き列らねた 貴男の歌稿の中から抜いて貴男をしのぶよすがとした。

 この中の多くは私に送られた歌信の中にもあった。その頃、私が貴男へ送っ た歌信の中の二、三を拾って追憶としたい。
 祈りのみはあの世へも通じるとやら、合掌して稿を終る。

 昭和二十四年春

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