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「鏡を覗く」考

 
[目の前の鏡の中を視てみよう]
 
 御幣や神鏡は、特別に由緒ある神社の御神体を除いては、大方の神社の恰好の御霊代(神体)である。
 御幣はその作りや素材から考えると、神様の依り代として、最も簡素で清浄な姿を呈している。
 神鏡は、「宝鏡奉斎の神勅」に伝わる「宝鏡」に準拠して、神体として全国の多くの神社に祀られている。つまり「宝鏡」は、天照大御神そのものであると考えられるからである。
 
 鏡の中には、森羅万象 − 目に見える全ての物が存在している。
 目の前の鏡の中を視るのも、視ないのも、それは各自各人の自由である。磨かれた鏡に映る影 − 現象 − は、全ての人々に対して平等に見える。
 その映像の存在意義を如何に理解するか否かは、各自各人の自由である。
 
 鏡は、愛、慈しみ、思いやりなど、人間の内面 − 感情をも素直に映し出す。即ちそこに、神 − 恩頼の具現された現象 − を無意識のうちに視ているのかもしれない。
 
 そのように考えますと、自分自身 − 鏡に映る総ての現象をも含め − を限りなく肯定し、今それを視ていることの現実を「是」と自覚するとき、即ち鏡の中の自分は、神そのものと考えられ得る。
 
「鏡」考(リンク)
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