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第七場、市街(一五三頁)
マーガレットというのは、ゲーテが最初の恋人の名である、彼の女は寧ろ中流以下
の産れで、其の恋物語は彼の女が或婦人帽子商店に奉公して居る頃のことで、ゲーテは
其の頃十五歳位、彼の女は十七八歳位であったという、夫れで、ゲーテは屡ば教会堂で
彼の女と同席したが、話し掛けたことは無かったとのことである。 第八場、晩方、衣服を脱ぎ代えながら唱う(一六四頁) ゲーテの「ファウスト」中に散在する歌編は、多くは「ファウスト物語」にも関係 なく、ゲーテ自身も亦、「ファウスト劇」の為に特に創作したのは稀である、ツーレ 王の歌は、或公会の席でゲーテ自身が唱ったもので、大に会衆の賞讃を博したことは、 彼の備忘録に記されてある、でマーガレットが自分の室に入った時、室内に充満して 居る魔気に打たれて、自ら其の恐怖を紛らす為めに、無意義的に唱う歌に、此の貞節 の歌を採用したのは、作者の意言外に溢れて、実に面白く感ぜらるゝのである。 第九場、散歩(一六九頁) マーガレットの母が正邪を嗅ぎ別けるという話は、信仰の力と其の実効とを示して 居るのであるが、一方僧侶に対するメフィストの罵倒は、何れの時代、何れの国にも 共通なる僧侶の浮薄腐敗を指摘したもので、作者がメフィストの口を借りて痛言した わけである。 第十場、隣の家(一七三頁) 悪魔は地獄話しの赤鬼青鬼のように、人間の肉体と精神とに、単に苦痛のみを与える ものでなく、絶えず人間を刺戟して、結局は向上せしむるものであることは、天上の 序言にある通りである、要するに弱点の存する処には必ず悪魔が居るのだ、油断大敵 と云うのが即ちそれで、悪魔の侵入し来る径路が如何に滑らかであるかは、此の第十場に 於て見るべしである。 第十一場、市街、そう旨くは行くまい。直ぐ化の皮が剥げたらどうする (一八五頁) 悪魔は手段を選ばぬから、調子が外れると、必ず化の皮が剥げる、此処でファウスト がメフィストの提議に賛成しなかったのは、人間性と悪魔性と異って居ると云うことを 表示する。 第十二場、庭園(一八九頁) 第十三場、東屋(一九九頁) マーガレットとファウストとの対話は、メフィストとマルタとのそれに比して、 実(まこと)に趣味多きコントラストを示して居る、若き男女は互に其の意中を語り、 老いたる一対は互に表裏の掛引で持切って居る。 |
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