GLN町井正路訳「ファウスト」

「ファウスト」註解

第十四場、森林岩窟(二〇一頁)  数十年間、立派な彼の性格を作った書斎を捨てゝ、メフィストを先達に、三界流転の 旅を思立ったファウストが、鬱蒼たる森林の内に岩窟を求むるは、少しく矛盾して居る 様であるが、未だ大悟徹底しない彼は、極端から極端に走って惑うて居るのである、 下界の軽浮な状態に接しては、再び清らかな寂しき自然を想起し、恋人の熱烈な愛に 触れては、自己の目的の残忍なるを認めざるを得ぬことゝなったのである。
 
第十五場、マーガレットの部屋(二一一頁)  悲劇「ファウスト」の前編は、ファウストの悲劇ではなく、マーガレットの悲劇 である、今彼の女は独り垂れ籠めて、深き哀愁に沈み、やるせなき胸の悶えに苦しみ つゝあるので、正に悲劇に入る第一歩。
 
第十六場、マルタの庭園、私を誤解しては困るよ(二一八頁)  マーガレットの信仰に関する質問に対しての、ファウストの答弁は如何にも立派で、 彼が性格の特色を充分発揮して居るが、如是の大言壮語は真の信仰と調和することが 出来ないのは当然だ。
 
貴郎の御友達は本当に厭な方だわ(二二〇頁)  マーガレットは直覚的にメフィストの悪魔性を感知した、メフィストの居る処では 祈祷が出来ないと云って居る。ゲーテは友人のメルクという人をメフィストのモデルに 用いたのだそうで。彼は常に其の友人を呼ぶにメフィストメルクと云って居たそうだ。 此の人は恐るべき天才で、嘲弄と風刺との内に真理を語る人であったそうなが、其の 代り同情心の無い人であったとのことである。
 
第十七場、井戸端、門前に截稿を撒きます(二二七頁)  花嫁の貞節が疑わしい場合には、結婚の前日に、其の女の家の門前に截稿を撒布して 恥じしめると云う風習が独逸にある。
 
第十八場、辻堂(二二九頁)  ツゥインゲルはツゥインゲン(征服する)から脱化した文字で、昔時の自由市に於け る、中央政府所属の城のことであるが、此処では墻壁の角で、戦時には哨兵などの 見張場を意味し、そこに神像が安置されてある、マーガレットは教会に行くのを憚り、 人影稀な辻堂の前で、熱心な祈祷を捧げて、僅かに張り裂くような胸の悶えを慰め ようとして居るのである。
 
第十九場、夜、街頭、其の夜は宝の在処を知らせると云う”けいけい”とした 焔を認める事が出来るだろうね(二三五頁)  ワルプルギスの夜には、青白い焔の燃えて居る処に宝が埋没してあるという迷信 がある。
 
ライオンダラー(レーウェンターレル)(前同頁)  此の貨幣は、ボヘミヤ伯シュリックの鋳造したもので、千五百十八年から千五百二十九 年までは、非常な価値が有ったものである。
 
メフィストは得意な軽い調子で胡弓に合せて歌う(前同頁)  此の歌はハムレットの第四場の五に於けるオヘレヤの歌から採り用いたものである という。又チーテルを胡弓と訳するのは妥当で無いが、一寸適当なものが無いので 仮に斯様(こう)訳したので、願わくば先達の士の教示を仰ぎたいのである。それで 此のチーテル(ギーター)は楽器中最も粋(いき)なものであるとのことだ。
 
ヴァレンチンの死(二四〇頁)  ヴァレンチンの死が如何に武士的なるよ、又彼が其の妹を思うの情如何に深きよ、 彼が其の臨終に於ける一言一句、実に味うべきであるが、訳者の不文は意の如く之を 現わし得ざるを憾むのである。
 
第二十場、寺院(二四三頁)  ヴァレンチンの霊を慰むる供養に際し、マーガレットは其の良心の呵責に堪え得ぬ のである。
 
嗟吁、彼の怒の日(二四五頁)  第十三世紀のセラノのトーマスなる智者の作、有名な讃美歌。

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