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メフィスト
お見受け申す所、若々とした嫁入盛りでいらっしゃいますね。 マーガレットへ いゝえ、とう致しまして、未だほんの子供で御座います。 メフィスト 結婚がお厭なら情人になさい、貴女の様な可愛い御方を腕に抱く者は此上もない果報者 です。 マーガレット そんな事は此国の習わしで有りません。 メフィスト 習慣で有ろうが有るまいが、実例が有りますもの。 マルタ しかし、妾に御話を聞かせてください。 メフィスト 御臨終の際、床の側に居たのは私です、病床と申しても、堆肥よりはいくらか増 (まし)な位、半ば腐った藁でしたが、兎に角基督信徒として死に就かれました、 けれど債務の益々沢山ある事を思われ、「俺は全く自分ながら愛想が尽きた、妻や家業 を捨てた上にこの零落、あゝ思うだけでも死にそうだ、せめて世を去る前に、妻から 罪を赦して貰いたい」と叫んで云われました。 マルタ (泣きながら) 罪の無い人、妾はとうに赦して居ります。 メフィスト それに又、神様が知って御出での通り、妻は自分よりも罪が深いのだと申して居りま した。 マルタ 其は夫の偽りです、死際にそんな虚言を言うとは情ない。 メフィスト 私が半分でも、判官となって事の実相を判断出来るものとしますれば、確かに最後の 息で嘘を云うたのです、申さるゝ事には「妻と同居してから、体に一寸の隙も有らば こそ、最初は子供の出来るのを楽みに働いて居たが、次は子供達に食わせるのが やっとで、活きて行かれる限りは何事でも辞せぬ様になり、遂には自分の口だけ でも糊する事ができぬ迄に零落しました」との事です。 マルタ それは全くの妾の忠実を忘れたのです、妾の愛を忘れたのです、夜昼尽した妾の苦労 を忘れたのです。 メフィスト いえ、忘れるどころじゃない、貴女の事はいつも心配して斯様云うて居りました、 「私がマルタ島を去るに望んで、妻子の為に熱心に祈祷をした所が、神様も大に同情せ られたと見え、吾等の船は帝王の財宝を積んだ一艘の土耳其(トルコ)船を捕らえる事 ができたのです、私は勇敢に働きましたが、其れは就ては当然の報酬を得ましたよ」と。 マルタ 何処に其れを埋めたでしょう。 メフィスト 天の四の風がそれを何処へ散らして了いましたが誰も知りません、御主人がネーブル 市を彷徨ひ廻って居る頃でした、年の若い美人を見初めまして、非常に惚れ込んで忠実に 仕えましたので、御主人も目出度い死際まで忘れかねました。 マルタ あの薄情者め、我子のものを盗むも同然の行いをして、それ程酷(つら)い目にあっ ても、道楽が止まぬとは見下げ果てた男だ。 メフィスト しかし貴女、考えて御覧なさい、御主人は其の罪で死なれたのです、今私が貴女で あったなら、一年も潔白に弔って、其間(そのうち)新らしい情郎を新らしい眼で探し ます。 マルタ あゝ情ない、二度目の夫を持つにしても、とても初めの人の様なわけにはゆきません、 たとえ馬鹿でも夫として添うた人がいとしいものです、あの人は彷徨つき廻る事や、 外国の酒だの、女だの、いやな博奕を好み過ぎたから身を亡ぼしたのです。 メフィスト 宜しい、解りました、若し御主人が貴女に対して、貴女が御主人に対すると同様寛大 であったなら、万事太平に治まったのでしょう、私は此の条件で貴女と指環を交換致し ましょう。 マルタ まあ御冗談ばかり。 |
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