GLN町井正路訳「ファウスト」

第十場 隣の家

メフィスト  (独り言う) 今が切上時(きりあげどき)だな、あの女は悪魔の言葉を其まゝ信じて居る。
 
 (マーガレットに向い) 貴女はどんな心地ですか。
 
マーガレット  え、何の事ですか妾にはさっぱり解りません。
 
メフィスト  (低い声で)可憐な無邪気な小娘だ、 (声高く言う)左様なら、皆様。
 
マーガレット  左様なら。
 
マルタ  もしもし、一寸まだ御聞き申したい事があります、確かに夫が死んで葬られたと云う 証拠がほしいのです。妾は常々秩序形式を重んじて居りますから、死報を週報へ載せて 置かねば気が済みません。
 
メフィスト  御夫人、それならば、事の真偽は二人の証人で明白にせらるゝと云う注文に基いて 証明してあげましょう、幸い私の親友で、立派な貴公子が在りますから、二人で裁判官 の前に立つと致しましょう、今すぐ此処へ連れて参りますから。
 
マルタ  どうぞそう願います。
 
メフィスト  そうして、此の奇麗な御姫様も此処に御出でしょうな、同道するのは立派な青年です、 広く世間も見て居りますし、婦人に対して礼を欠く様な男では御座いません。
 
マーガレット  そんな立派な御方がいらっしゃると、何(どう)してよいやら、顔を上げては居られ ませんわ。
 
メフィスト  帝王の面前でも羞ずる事はいりません。
 
マルタ  それでは今晩この裏の庭園で、御両人を御待申して居ります。

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