GLN町井正路訳「ファウスト」

第二場 城門の前

 ファウストはワグネルと共に入り来る。
 
ファウスト  愛らしい春の光に、河や小川の氷が解けて、希望の幸が谷間の緑に輝き初めた、 老いぼれた冬は太(いた)く衰えて、淋しい嶽の彼方へ逃げて了うたが、 其の途すがら緑いや増す牧場に、弱い霰の丸を撒き散らした、併し太陽は最早 一点の白い物を許さない、発生と奮闘の気は到る処に漲って、万物皆春に色づ こうとして居る、花はまだ爛漫として咲き乱れるに至らないけれど、併し粧を 凝らした男女は其の欠を補って居る、此の丘の上から都の方を見玉え、千様の 群集が彼の古い城の門から押合いながら出て来る、彼等は皆歓喜んで今日の 日光に浴し神の昇天を祝うて居る、併し考えて見れば無理はない、彼等は家屋の 陰気な房間(へや)から、商店や工場の窮屈な中から、又は屋根裏や息の閉塞(つま) る様な路次や、神さびた薄暗い寺院などから、此の快活な日光に蘇生ったのだもの、 それ見給え。群集は田と云わず畠と云わず、撒き散らした様に野に一ぱいだ。 河面には幅の限り、長さの限り、数知れぬ軽舸(けいか)が浮んで居る、一番後の 小舟などは今にも沈むかと思われる位満員だ、あの遠方の山道さへ美しい衣服(きぬ) の色が散乱して居るじゃないか、僕には既に村落のさゞめき噪く声が聞える、茲処が 真の極楽と云うのだろう、大人も子供も唯嬉しさに喧囂(けんごう)して居る、 今日は僕も人間となって一つ祭の仲間入りをしよう。
 
ワグネル  博士、僕は先生と一緒に散歩するのは至大の光栄で、且有益な事です、併しこんな処 へ仲間入りするのは御免を蒙りたい、凡て野卑な事は僕の敵です、胡弓の音、叫喚 (きょうかん)の響、九桂戯なんぞは嫌でたまりません、彼等は宛で悪魔に追懸られて 居る様に狂い廻って、やれ愉快だとか、やれ音楽だとか云うて居るのです。
 
農民(菩提樹の下で踏舞り且つ歌う)
 牧羊者(ひつじかい)の舞踏の扮装(したく)が出来た、
 華美な上衣と花環と紐で、
 身軽な舞踏の扮装が出来た、
 菩提樹囲んでぐるりと廻り、
 手振りそろえて舞踏に狂う、
 ヨイサ、ヨイサ、
  ヨイサ、ヨイサ、
 いとも楽しく胡弓が響く。
 
 村の若者あれ割り込んで、
 臂でこっそり娘をついた、
 温順(やさし)い其娘(そのこ)は一寸振り向いて、
 悪戯するのはお止(よし)なさいよ、
 ヨイサ、ヨイサ、
  ヨイヤサ、ヨイサノサ、
 ほんに貴郎は失礼な。
 
 環をば画いてくるくる廻る、
 右に廻転って左に廻転る、
 赤い裳裾がひらひら動く、
 顔は真赤に手足はほてる、
 腕に縋って一息ついた、
 ヨイサ、ヨイサ、
  ヨイヤサ、ヨイヤサノサ、
 腰に臂あて憩むもあった。
 
 あれさそんなに仲好くするな、
 殿方多くは浮気もの、
 夫婦約束した上に、
 みんな女を欺いて、
 それに又々媚びて居る、
 菩提樹の下から遠くに響く、
 ヨイサ、ヨイサ、
  ヨイヤサ、ヨイヤサノサ、
 哄(どっ)という声胡弓と共に。

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