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ファウスト
(気抜けして)何、似ない、そんなら誰に、真神の真象
たる自分は、あゝお前にさえ似ないというのか。(戸を敲く音聞ゆ) えゝ残念な、彼奴僕の助手だ、どうも悪い機会(おり)に来たものだ、今頓挫しては 実が生(な)らぬ、此の様に熟した瞑想をむざむざ腐らして了う事か、えゝ気なしの馬鹿め。 ワグネル寝衣を着、夜帽を冠り、燈火を片手に入り来る、 ファウスト不快な顔色をして振向く。 ワグネル 御免なさい、先生は只今何か朗読しておいでの様でしたが、希臘の悲劇の様に御聞受 しました、世の諺に「俳優が僧侶に教うる」と云う事がありますから、悲劇の研究は目下の 急務で、自分も此種の修養をしたいと願うて居ります。 ファウスト 左様、時には無いでもないが、僧侶が天性俳優であったら其の通りです。 ワグネル 先生は始終書斎に許り閉じ籠って、此の活世界をば僅に祭日に見る位、而も遠方から 望遠鏡で望む様では、能弁法で民衆を説服するなどは思いもかけられぬ事と存じます。 ファウスト 君が自ら感じ心から湧き出でゝ、聴衆に愉快と満足とを与えるのでなければ、幾許 焦燥っても駄目だよ、寧ろ一室に坐り込んで他人の説を接ぎ合せ、他人の膳から切り肉を 集めて料理し、君の僅かな灰から消え残りの火を吹くがましだ、子供や猿猴は 夫でも満足して賞讃するかも知れぬが、君の聴衆を感心させるには、君の胸中から湧き 出たものでなければ駄目だ。 ワグネル 併し、話術も亦弁士成功の一と心得ます、ところが小生は至って此術に拙いのです。 ファウスト 唯至誠の功果を求めて徒らに大言壮語の愚者たるを避け給え、明白な道理や、性格な思想は 決して術を要せぬものだ、真面目に、熱誠に説こうとする時は、決して言語の選択は要(いら) ない、君のやり方では、取るに足らぬ浅薄な人々の思想の断屑を接ぎ合わしたと云うばかりで、 何の趣味もない、丁度稠落した秋の木の葉に、吹き渡る蕭条たる朔風の様なものだね。 ワグネル あゝ、芸術や長く、生命や短しです、小生は文学批評に汲々として、思を焦がし心を労して 居りますが、更に進んで其の源たる古書を尋ねて、真相を捉える手段を見出すのは実に至難 の業で、憫むべき虫の様な人間は行路半に死んで了います。 ファウスト 書籍は決して永久人間の渇を医すべき根本では無いのだ、若し君の心中に滾々として湧沸る ものでなければ、如何に熱誠を以てしても快心の慰藉(いしゃ)は得られはせぬ。 ワグネル 何卒一言御許しください、ですが時代思想の潮流に一身を投じ、吾人の前に先哲が如何に 思案を凝らしたか、能く其を確かめた後で、更に之を推し拡げて其の程度を高めるのも、一大 快事ではありますまいか。 ファウスト 其は実際そうだ、吾人は遥かに古人に優って居る、古人のと吾々のとは地と星程違う、 併し君、過去の時代は吾人に取っては、恰も七個の封印をした書物の様なものだぜ、君の所謂 不可思議なる「時代の精神」は、結局君自身の僅かな精神に過ぎないので、其の中に過去の 時代が反映して居るのだ、其れが如何に牽強附会なものであるかは、天之を知るのみさ、 だから君の研究は全く徒労だよ、俺は見る丈けでも逃げたくなる、まあ雑然たる掃屑桶 と云おうか、塵埃室と云おうか幾許能く見積っても、壮麗な言語を当て篏めたものに過ぎない、 僅に傀儡の口に適う様な古風な、怪雄的の戯曲に過ぎないのだ。 ワグネル 此の世の事、此の人間の情と心とは多少何人も知らんとする所ではありませんか。 ファウスト なに、知る、知るとは果してどんなことを云うのだろう、誰人も自分の子を其の真の 名で呼ぶ事が出来ようか、多少物事を知って居た少数の人も、愚なる哉、不謹慎に濫りに 己の所見所感を公衆に発表した為め、遂に十字架に懸けられ、または焼き殺されたのだ、 あゝ、夜も随分と更けた、今夜はこれだけにして呉れ給え。 ワグネル 先生の様な大学者と快談する事が出来れば、僕は夜を徹するも敢て辞せんのです。明日は 復活祭ですから、何卒今二三の質問を御許し被下い、実際小生(わたくし)は非常な熱心 を以て研究した結果、目今(たゞいま)では多少物識りになりましたが、更に進んで 一切を識り尽したいと希望致して居ります。 ワグネル退場す。 |
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