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それから三年の後、即ち一七九七年にシルラーに宛てた彼の書信には、 小生愈々「ファウスト」に取りかゝることに決心仕り候、既版の分も尽く配列を 変じ、其の後に認め候真理をも附加し、更に進んで小生の脳裡に混沌たるものを 実在に導き、劇の完成まで十分努力仕るべき決意に御座候、願わくば貴下閑暇の夜、 劇の全局に就て御考案あらせられ、よき御思いつき有之候はゞ御高見拝承致し度候、 小生の空想の上に予言者の声として貴下の御意見を参照仕り度切望致し候。 とある、其の翌日シルラーは直ちに一文を草して返信したが、それは「ファウスト」 の完成に重大な関係がある、其の大意は斯様だ。 御申越の儀は重大の事件にて容易に為し得可くも無之とは存じ候え共趣味多き問題に 候間至急御返事申上候、貴下にして若し「ファウスト」の一編を出版せられざりし ならば恐らくは小生之を試みしならんと存じ候、既に公にせられたる「ファウスト劇」 の片々は皆貴重なるものに相違無之候が尚お全局を一貫せる形式の上に一層の 重きを置かれたく望み候、又人物を描かるゝに当り、人間の神聖なる部分と、肉慾的 の部分との結合に御注意望ましく候、物語なるものは其の性質上形式も無くたゞ妄想に 富めるのみに候も、世人は決して何時までも斯かるものにて満足すること無かる可く、 貴下の御尽力にて深遠玄妙なる合理的の思想に改められ度切望に堪えず候、一言に 申上ぐれば、「ファウスト劇」の基礎は詩の外に哲学をも要求することゝ存じ候、 「ファウスト」の材料は著しく哲理に傾き居候えば、貴下の豊富なる想像力と創作力 とにより、趣味多き韻文となされ候わゞ十分と存じ候、かゝることは貴下の充分御承知の ことにて別段斬新にも無之、既に御出版なされ居る部分にても余が望む処は果たされ居る ことに御座候云々。 此の書に接したゲーテは、自分が平素考えて居る処と、友の意見とが全然相一致したのを 深く喜んで、友に対して厚く感謝の意を表したとのことである。 |
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