却説、「ファウスト物語」は、フランクフュルトの物語に至って、物語としては
遺憾無きものとなった、次でマロウェーに依て劇詩となり、独乙の公民劇及人形劇に
多大の影響を及ぼしたが、其の構想の上から見れば、未だ完全なものとは云えぬ、
後レッシング出ずるに及んで、其の天才を以て之を完成しようとして果たさず、茲に
於てか其の完成は至難の事業となった、卑近な物語を変じて、万代の名声を
博せしめようとするには、一大天才の手腕に待たねばならぬことは明白である。
前述した「ファウスト物語」の大意は実に其の一斑に過ぎないが、今ファウストに
関する文学を悉く網羅し、現代の天才をして生涯を其の研究に従事せしめ、以て其の
完成を望んだとしても、敢て短日月とは云われぬ、乃ちゲーテの「ファウスト」は、
「卓越なる詩人の製作は、或る不可思議な、迅速なる神来の想の結果であって、
ミューズの神の寵児たる者は、単にペンを手にすれば、茲に世界を驚嘆せしむる大作成る
ものである」と云う信念を破るに好箇の適例を供したものである、ゲーテの達筆なる、
恋愛の詩忽ちに成り、彼の脳裡を迅速に来往して居る情緒の流れを汲んで、
直ちに紙上に活躍せしむることは出来たと雖も、「ファウスト」の如き大命題は、
其の思想を文字に表わし、深く秘めたる沈黙の精神を活躍せしむるのに六十年間を
費すも、未だ以て足れりとす可からずであろう。
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