契約の期限は三分の二を経過した。其の頃ファウストはウィテンベルグに
子弟と共に住居して、専心気象学の研究に従事し、且つ暦の案出に忙わしく、
余暇ある時は物界万般の事項を討議すると云う有様で、大に励精して居った。
然るに一日彼が君主の魔王忽然として彼を訪問した、時は恰も九夏三伏の候
であったにも拘らず、彼は此の時凍死せんばかりの寒気を感じたということである、
此の魔王来訪の用向は、ファウストの望に任せて、地獄の諸王に紹介の労を取らんが
為めであったので、ファウストも大に喜び、直ちに希望を満たさんことを請うた、
そこで多くの悪魔は順次ファウストの面前に現われ出でたが、何れも異様の姿を装うて
居った、次で彼は未来に於ける自己の運命を知らんことを欲し、有らゆる方面から
魔王に質問を試みたが、深更に及んで、ビイルゼバッブなる鬼出現して、彼と対話の末、
彼を導いて地獄と天体の各部とを遍歴し、創世以来の人類を悉く彼に見せた、
此の旅行了ってから直ぐにファウストは羅馬(ローマ)に赴き、更に土都
コンスタンチノーブルに現われ、法衣を纏える預言者マホメットに扮して、土耳其皇帝に
謁見し、それから更に諸国の帝王に謁し、到る処妖術を行い、人目を眩まして放縦的生活
を送って居った。
斯くの如くにして契約の期限三分の二を経過し了した時、敬虔の念篤き
一医師ファウストを訪うて、彼の心を改めしめ、彼をして悪魔の支配を脱せしめ
ようとした処、俄かにメフィストフェレス現われ出でゝ、信仰者の言を傾聴せるを詰り、
強制的に契約書を新にし、更に証書を得て消失せた。
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