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契約後の二十三年に於ける、耶蘇復活祭後の第一日曜日のことである、
ファウストはヘレンと称する一美人を垣間見て、恋慕の情禁じ難く、遂にメフィスト
に迫り、其の力に依て望を達することを得て大に喜んだのであるが、其の翌年
即ち二十四年目に、ヘレン一男子を挙げたので、ヂャスタス、ファスタスと命名し、
掌中の珠と鐘愛して居った。 終に最期の日は来た、やがて残酷なる悪魔は出現した、宛然猛獣が其の餌食に向った 時のような態度で、ファウストが死に就くの勇無きを嘲笑し、彼の出で来るの 遅きを罵詈(ばり)するの猛烈なる、聞く人をして耳を掩わしむるものがある、 悪魔は又罵って曰く「汝は我等と共に桜の実をも食うに足らざる者だ」と。 其の日の夕暮れにファウストは、リムリヒと称する村で、大学の友人を集めて告別の 宴を張り、一場の演説を試みたが、其の際太だしき心の苦痛と悔恨の情とを述べたので、 友人の総てが皆一種名状すべからざる悲哀の感に打たれ、後夫々室に退いて泣かんと欲して 泣く能わざるものがあったと云う。其の夜十二時から一時の間、家屋大に震動し、 鋭き叫声と、怖ろしき物音とは夜の静寂を破ったのであったが、翌朝ファウストは 既に此の世の人では無かった、しかも其の身は八裂きにされ、手足と胴とは室の四方に 散乱しておったのである。ファウストの門弟等は直ちに事の次第を彼が生前其の財産に 就て遺言した者に告げ知らせたが、此の時ヘレンと小児とは既に其の形を失い、 其の行く処を知らずであった。 以上がファウストの実伝と其の魔術との梗概であるが、本書の著者ヨハネス、スパイス氏 は最後に読者を警戒して曰く「基督教信者たらん者は、ファウストの実伝を読み、神の 力が如何に恐る可きかを悟り、以て悪魔の誘惑を退く可きである、アーメン」と、 又曰く「神を恐れざる人、奇を好む人、懐疑に陥り易き人は、特に心して読み、 悪魔の事業が如何に忌避すべきものであるかを知る可きである、アーメン」と。 此の書一度世に出ずるや、読者の好奇心を惹くこと甚だしく、忽ちにして欧州 到る処の語に翻訳せられ、英国に於ては之を資料として作られた小唄さえ行われたが、 エリザベス女王の時に及んで戯曲家クリスト、ファー、マロウェーこれを 劇詩としてやがて場に上ぼした。 |
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