02 哲学・思想序曲[はじめに]
 
                  参考:自由国民社発行「現代用語の基礎知識」
 
                    本稿は自由国民社発行『現代用語の基礎知
                   識』の「哲学・思想」の用語の解説(明治学院
                   大学教授宇波彰氏)を参考にさせていただき
                   ました。宇波氏の著書『デザインのエートス
                   』『誘惑するオブジェ』『誘惑するメディア
                   』『引用の想像力』『記号論の思想』『反市
                   民の文学』『同時代の建築』『映像化する現
                   代』なども併せてご覧下さい。
                    以下、浅学非才の自分への手引き書として
                   登載してみました。        SYSOP
 
〈はじめに − 21世紀への視点〉
 20世紀前半は戦争の時代であり、その現実に対応するかのように実存主義の哲学が流
行しました。それは、世界の中でただ独り孤立し、自己と云うものに沈潜する主体の哲
学でした。この暗い思想への反動として現れた構造主義の時代には、「人間の死」が公
然と語られ、人間は構造を成立させる要素の一つに過ぎなくなりました。
 この間に、今まで当然の理念としてみなされてきた自由・進歩・真理・理性などの価
値が急激に疑問視され、思想の世界は新しい価値を求めなければなりませんでした。こ
れが脱構築の動きであり、サルトル、ハイデッガーなどのスターを失った思想界は、一
種の混乱状態に陥ったとも云えましょう。
 この脱構築の動きに対応するかのように、急速に力を得てきたのが、イギリスに始ま
ったカルチュラル・スタディーズです。それは哲学思想と云う形のものではありません
が、そのためにむしろ広い領域で有効な理論として機能しつつあります。何よりもカル
チュラル・スタディーズは少数派の問題、アイデンティティ(同一であること)の問題
を中心に置いて考えます。また、フーコー、アルチュセール、ラカン、グラムシと云っ
た先行する理論を吸収して、新しい力のある理論に再構成しているところに注目すべき
でしょう。
 他方、ムルロ=ポンティ、ラカンの影響下に成立したアフォーダンス理論は、21世紀に
引き継がれて行く新しい考え方であり、エレクトロニクスの時代、IT(情報技術)の
時代における人間と世界の関係の考察に不可欠の理論として、更に展開されて行くでし
ょう。それは、物の側に意識や言語があると考えるものであり、それによって、デカル
ト以来の伝統的な二元論に根本的な批判を加えようとします。
 20世紀の思想が、戦争や世界の多元化に対応するものであったのと同じように、21世
紀の思想は、新しい現実に対応するものでしょう。おそらく21世紀は、人間の孤立化が
更に激しくなる時代であると予測されますが、哲学的思想は次第に孤立化して行く人間
をどこかで相互に結び合わせ、何らかの集団的・共同体的なものを作らせて行く方向に
進むべきでしょう。そしてそれが全体主義的・国家主義的なものの復活を阻むものでな
ければならないのも当然の前提です。
 
[キーワード]
 
△コンピュータ・エシックス(情報倫理)
 コンピュータの急激な普及にともなって、現代人の情報交換の方法が、従来の手紙・
電話などから、電子メール・インターネットへと徹底的に変化しつつあります。それは
情報伝達のスピード化であり、勿論利点は多いが、一方では見えない相手との情報の交
換であるために、意外な欠陥が現れつつあります。パソコンの画面上で他人の中傷をし
たり、間違った情報を流したりする場合が次第に多くなり、ときには犯罪に関わること
さえあります。コンピュータ・エシックスはそのようなマイナス面に歯止めをかけるも
のであり、情報教育の一環として採り入れられつつあります。
 
△複雑系 complexity system
 複雑系は、経済学の領域で使われ始めた考え方で、最初は現代の複雑な経済現象を解
明するために用いられたものでしたが、現在ではあらゆる分野で有効な理論として使わ
れつつあります。基本的には、原因・結果の関係についての従来の考え方が、一つの原
因に対応する一つの結果と云う単純な関係の設定であったことに対する批判です。「複
雑系」では、ある場所に起こった小さな出来事が、その周辺にある多様な原因に働きか
け、それが複合されて、次第に大きな影響力を持つようになり、遠く離れた処で事件の
原因になると考えられます。これが複雑系の基本的な考え方です。従って、この考え方
の前提になるのは、まず第一に相互作用・相互浸透と云う働きです。一つの存在は、常
に他の存在に働きかけ、その能動的作用が相手の反応を引き起こし、それがまた自分に
も帰ってくると云う、能動・受動の運動の反復が複雑系の基本にあります。また、第二
の前提として、そのような相互作用・相互浸透を可能にする、一種の開かれたシステム
が必要です。現代世界は、様々で複雑な要素が多様に絡み合って成立しています。複雑
系と云う考え方は、このように現実世界に対応して必然的に生まれたものです。
 
△カルチュラル・スタディーズ cultural studies
 カルチュラル・スタディーズとは、最近にわかに話題になっている新しい文化論の方
法です。ジャマイカ出身で、イギリスのバーミンガム大学で学んだスチュアート・ホー
ルがその中心的存在です。カルチュラル・スタディーズは、文字どおりに訳せば「文化
研究」ですが、カルチャー」は狭い意味の文化でしなく、生活環境全体を指します。ヨ
ーロッパ中心のいわゆる"エスノセントリズム(自民族中心主義)"を徹底的に排除し、
生活環境としての文化を多元的・重層的に研究しようとするものです。グラムシ、バフ
チン、アルチュセールなど20世紀の知を総合したものと見ることが出来ます。これから
その展開が注目される現代思想の方法です。

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