神様の戸籍調べ
 
五十三 蝮之水歯別命タヂヒノミズハワケノミコトと一夜大臣イチヤダイジン
 
 第十七代履中リチュウ天皇が、ある時の大嘗祭ダイジャウサイの祝宴の砌ミギリ、御弟の墨江中王
スミノエナカノワウと云ふ方が、ふと魔心を起し、天皇を斬らんと宮殿に火を放った。忠臣阿知直
アチキノアタヘは猛火の中をくゞりて、天皇を助け出し奉って、倭国に逃れ、石上神宮に御行幸
の供をしてゐると、後から皇弟クワウテイ水歯別命ミヅハワケノミコト来りて、天皇の御安泰を祝ひに
参邸せられたが、天皇はこの命ミコトに二心ありと思し召して、御言葉もかけ給はぬので、
色々弁疎イヒワケせられると、漸く、
 「二心なくば、墨江中王を斬って参れ」
と仰せになったので、命は直に、墨江中王のゐる難波に還り、その侍臣ジシン曽婆訶理ソバ
カリと云ふものに、
 「貴様の手で、墨江中王を誅チウしたならば、貴様を大臣にしてやるがどうだ」
と御仰ると、七分八厘しかない曽婆訶理は、大臣と云ふ言葉にすっかり詐アザムかれて、
主人墨江中王を誅した。そこで、
 「さァ大臣だ」
と身の程を知らぬ催促に、水歯別命は彼を同道して、倭国石上イシカミの仮皇居に上らるる
途中、命思はるるに、
 「仮令タトイ、曽婆訶理ソバカリに大功あるも、君を弑シヒらる大不忠者、然し功を賞せずば
信なし、おうよしよし」
と、大阪に於て、彼を大臣に任ぜられた。曽婆訶理は大に喜び、豊楽トヨノアカリの祝宴をそ
の日に開らき、命を始め招き、
 「うん、己様の大臣振はどんなもんじゃい」
と言はぬは言ふに尚ほ勝る。命ミコトは、酒が一番と大盃を賜ふに、顔まで突込むで飲む途
端、命は、
 「此逆臣、不忠の天罰思ひ知ったかッ」
とばかり、スッポリ首を切られた。今なったばかりの大臣は、最早首もない始末。それ
から命ミコトは、石上に天皇に謁エツし、墨江中王の首を示し奉り、始めて天皇の疑ウタガヒを
晴らし、次で第十八代の皇統クワウトウをつぎ、反正ハンセイ天皇とならせられた。実に仁徳ニントク
天皇の第三子にして、御母は石之比売イハノヒメと申し、在位五年で崩じられ、河内国百鳥耳
原モヅニハラ北陵キタノミササギに葬り奉る。
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