神様の戸籍調べ
 
四十四 須佐之男命スサノヲノミコト
 
戸籍簿
 御本籍地 島根県大原郡      須佐神社
  々   和歌山県東牟婁ヒガシムロ郡 熊野神社
  伊邪那岐神第二十七番目ノ御子
   建速須佐之男命  ― 多紀理毘売神 亦名市杵島姫命
              多岐都比売命 母櫛稲多比売
   妃櫛稲田比売     八島士奴美神 ― 布波能母遅久奴須
   妃木花知流比売    奴神     母木花知流比売(大国主命の祖先)
   妃神大市比売     大年神    母大市比売
              宇迦之御魂神
              須勢理毘売神
              田心姫命   亦名佐依姫命 亦名中島姫命
 
 須佐之男命は、伊邪那岐大神が黄泉の国に於て、御妃伊邪那美大神を御覧になってか
ら、御帰りの途中、日向国阿波岐アハギが原で、穢ケガレを御清めにならせられた。その時
色々の神々が御出来になったが、最後に三人の貴い偉らい神様が出来た。その中に、鼻
を大神が御洗ひになると、天地も震動するばかりの勇ましい声を挙げて御生れになった
のが、この須佐之男命であった。生れられた順序から云うと、伊邪那岐神の第二十七番
目の御子神に当らせられ、天照大御神の御弟君に当られる。そして非常に勇猛絶倫で亦
非常に乱暴な御方であった。
 
 初め、父神の伊邪那岐神イザナギノカミが、姉の天照大御神は天上を御支配なさるやうに、
そしてこの須佐之男命には海を支配することに御言ひつけになった。即ち須佐之男命は
実に海神にあらせらるるのである。
 処が、此御父の御命令を守らず、海の支配などは外にして、毎日毎日稲田を枯らした
り、畑をかけ廻ったりして、人民共の困るのを見て、手を拍って嬉んでゐられると云ふ
大の悪戯の限りを尽された。それに、年を御取りになると共に、長い長い腮髯アゴヒゲが
生え、御身の丈けも抜群にて、御声の高きに、子供のやうに地駄々ヂダンダを踏むで泣き
わめきなされる。その大きな泣声には、山も裂け、海も涸れるばかりにて、毎日毎日こ
のやうな悪戯が過るので、世の中が漸次物騒になり、その人民の苦しむことにつけ込む
で、悪魔が方々に起り立ち国々は益々乱れて来たので、父神は大層怒られて、この神の
国に居ることはならぬと、御追放なされたので須佐之男命は、
 「それでは、一度天つ国に登って、姉上に御暇乞をしてから、夜国、窮国キハミノクニ、押
国オシノクニの方面に参ゐりませう」
とて、それから天国に姉上の天照大御神を御訪問になることになった。
 
 すると、須佐之男命スサノヲノミコトの御威勢が余りに凄じく、御昇天の御勢はさながら、百
万の軍卒が竹の小薮を馳るが如く、千万の猛獣が一時に叫ぶに似て、高天原も動くばか
りに鳴りひゞいた。天照大御神は、是は弟の須佐之男命がこの高天原を奪はん為に昇っ
て来るのであるぞ、して見ると、父神の命をうけたる自分は、無三無三ムザムザと弟にこ
の国を渡してはならぬと、御髪を男髷ヲトコマゲに結ユひ直し美しき玉を以て御飾り遊ばさ
れ、矢を背に負ひ、弓をつき、勇気溢るるばかりの御男装を召されて、今や遅しと、須
佐之男命を御待ちになった。
 須佐之男命は高天原に上り、姉上の処に御出でになると、姉上は非常な勢で、「何し
に参ったか」と、御問になったので、「あゝ是は、私が平常乱暴するので、又高天原を
征めに来たと誤解してゐるのだなア」と思し召しになり、
 「いや姉上、私は決して悪い心を以て参ったのではありません。実は、余りに母上の
国に参ゐり度いのですから、毎日毎日泣いたので、父上から、『此意気地なしめ、左様
な奴は、この国にゐることはならぬ』と勘当を蒙りましたから、是から母上の御国の方
へ参ゐり度く、夫れで、一度御暇乞に来たので、悪い心なぞは、微塵もありません、そ
の証拠には、姉上と子生み競べをして見ましゃう」
と言はれたので、天照大御神も賛成遊ばされ、愈々子生み競争をなさることとなった。
 
 即ち、天安河原アメヤスノカハラと云ふ河を中に、御姉弟神は相対し、御立ち上りになり姉の
天照大御神は先づ、弟の須佐之男命の十拳トツカの剣を受取って、是を三つに折り、噛んで
プッと御吹きになると、其の気キ吹きの狭霧サギリの中から三人の美しい女神が御生れにな
った。
 此度は須佐之男命が、先づ姉上の頚や手首を飾って御出で遊ばされた、玉飾りを受取
り、噛んでフッと御吹きになると、その気吹きの狭霧の中から五人の勇ましい男神が御
生れになった。姉神は三人の女神、弟神は五人の男であるから、須佐之男命は御勝ちに
なり、そして心に悪い企みのないことが姉神にも解り、当分仲よくして、弟神を高天原
に御住なさしめられた。
 須佐之男命は、姉上に子生みに勝ったので、嬉しくて堪らないのと、一つは勝ったと
云ふ御自慢とで、そろそろ高天原で乱暴を始めなされ出した。それは、姉上の御家来の
作ってゐる田畑を壊したり、溝を埋めて見たりその他段々と、激しい乱暴をなさるので、
姉上は度々御叱りになるけれど、一向御聞きにならない。その中にある一日、天照大御
神は、新穀の出来たとき、初めて初穂ハツホを召し上がる御殿に、事もあらうに糞を垂れ散
らして手を拍って嬉んでゐなさると云ふので、姉上は非常に口惜がりなされた間もあら
ず、今度は天の斑駒ブチコマと云ふ馬を引き出して、生ながらその皮を剥いで、姉上の織物
工場の棟から落し入れたので、その中にゐた機織工は、騒ぎ驚き恐れて、遂に、余りの
驚骸キャウガイに、そのまゝ死んだものも出来たと云ふ騒ぎに、姉上も堪へ堪へた勘忍嚢の
緒も切られて、天の岩戸に御隠れなされた。
 
 偉く優しい天照大御神が天の岩戸に御隠れなされたので、非常に御家来衆が御心配し、
漸く、八百万の神々が御相談の結果、岩戸神楽を催し、計略で遂に大御神を御出し申し
たが、かかることになったのも皆、須佐之男命のなされた悪戯からであること、更に八
百万の神々御相談の上で、次のやうな宣告を申し渡された。
 「髪を切り、髯を抜き、手足の爪を剥ぎ、高天原より追放すべき者也」
と。流石の須佐之男命も、かく衆評の結果であって見れば仕方ないから、高天原を立出
で給ひ、それより出雲国にと御降臨なされた。
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