神様の戸籍調べ
 
四十二 天照大御神
 
 重ね重ねの弟神の悪戯に、大御神も今は堪えかね給ひ、天の岩戸に御隠れになったの
で、さしも栄えた高天原も、一時に日の神を失ったから、暗の世となり、殊に豊葦原トヨ
アシハラの中津国も、常夜の闇に包まれて、万ヨロヅの善神は影をひそめ、悪神共は五月サツキの
蝿ハヘの如くに、ガヤガヤと時を得顔に横行して、天の上、中津国は滅茶苦茶の騒ぎとな
った。
 そこで八百万神々が、天の安河原ヤスノカハラに於て御神集カムツドヒになって色々と相談をし
た。その時、高御産巣日神タカミムスビノカミの御子に、思金神オモヒカネノカミと云ふ非常に考へるこ
との上手な神様が、
 「神々達よ、私は此世の中の闇となり、百鬼横行するを見て非常に歎く一人であって、
是非日の大御神の御出座を乞はねば、到底鎮ることなき此高天原の現状であると推察し
てゐる。それには、天の岩戸から御誘ひ出す外、手段はない。而してその御誘ひ出し奉
る方法は、自分の意見としては、岩戸の前に於て、吾等大饗宴を開らきて、笑ひさゞめ
き、大御神を欺イツハり奉るも恐れ多いが、自ら岩戸を少し開らき給ふ折を見済して、腕力
最も強き人先づ岩戸の前に隠れ居り、開らき給へしその一刹那に於て、ガラリ戸を開け
奉る事最も上々の策と思ました、何となれば策を以てせばよく聖人と雖も欺るべしと申
しますから・・・・・・」
と一場の意見を述べられると、方々から拍手賛同の声が聴へて、其実行方法が思金命に
一任したので、思金命は畢生ヒッセイの思案を絞り、沢山の鶏を集めて是を鳴かせ、鉄をと
って石凝度売命イシゴリドメノミコトをして、鏡を作らしめ、石を掘って玉祖命タマノミヲヤノミコトをし
て八咫勾瓊ヤサカニノマガタマを作らせ、是等を飾り立てるに、更に天児屋根命アメノコヤネノミコト、布
刀玉命フトダマノミコト等をして男鹿の肩骨を焼きて、占はせた結果、天香山アメノカグヤマの大榊オホ
サカキの枝をとり、是に多くの勾玉等を附けて、ユラユラと揺り動かして音をさせ、下枝に
は白赤青等の色々美しき布片などをつけ、岩戸の前に飾り、すっかり準備をとゝのへて
から、天児屋根命アメノコヤネノミコトは音声滔々トウトウとして大きいから、面白さうな祝詞を節お
かしく述べさせる、大玉命オホタマノミコトは御幣をたてて、榊の前で礼拝する、そして天の手
力男命タヂカラヲノミコトと云ふ、神中の第一の強力無双の神様が、岩戸の脇に隠れて、岩戸開
扉の大役を引受けられた。ガチャコンガチャコンと面白さうに騒ぎ出す中に、天鈿女命
アメノウズメノミコトと云ふ、左程別嬪ではないが、頗る面白い御面相をしてゐられる、頗る滑稽
なる女神があって、空桶を伏せた上に登り、頭には榊を手折って鬘カツラとし、それに小葉
竹葉コザサタケザサなどを結びつけ、榊を手にもち、変手古珍な顔をし乍ら、トントコナトン
トコナと桶を踏みならして躍り出したから、皆の神々は、心配事のある胸ながら、その
様子の可笑しさに、クスクスと笑い出した。天鈿女命は一向御構なく、ヤァコリャヤァ
コリャと狂ひ躍られると、段々調子にのって来て、堪え堪えた溜め笑ひ、八百万の神々
も、一度にドッと笑ひこけるその声は、高天原にかってなき陽気さ加減である。
 
 岩戸の内より、深く堅く鎖し給ひし大御神は、余りの面白さにどよめきわたる岩戸前
の様子に、何事ならんと不思議に思し召し、細目に岩戸を押しあけ見給ふに、アラ不思
議の此場の有様に、怪しみつつ、
 「吾れこの岩戸に隠れてより、高天原は闇クラく、豊葦原の中津国も亦闇く、百鬼夜行
の現状なるに、何とては天鈿女アメノウズメは神楽などして遊び戯れ、八百万ヤホヨロヅの神々は
面白さうに笑ひ居るのか」
と御問になったから、天鈿女命は、さも真らしく、
 「大御神様よりも、もっと貴い神様がこの高天原に御出下されたので、嬉びの神楽を
してゐるのであります」
と御答へする時、天児屋根命、大玉命が、先きに作りし鏡を差し出して大御神に示し奉
ると、不思議や、気高き御姿はありありと鏡にうつれるに、大御神は御自分の姿とは思
ひ給はでや、これは怪しと稍々ヤヤ戸より身を出して御覧になる折しも、そっと岩戸の側
に隠れて待ち居たる天手力男命は、御手を取りて引き出し奉ると、太玉命フトタマノミコトは、
岩戸の口に〆縄を控渡サシワタして、還りまさぬやうにしたので、大御神も今はと思して、
高天原に再び御出になった時、世の中は二度昭々として、天地自ら明けたかのやうにな
って、悪神共もどこへやら、高天原も中津国も無事太平となったのは、この大御神の御
恩沢に外ならない。
 
 そして八百万神々が又もや会議の結果、速須佐之男命を高天原から追放なされた。
 それから、無事に大御神は高天原を御治めになってゐられたが、御子正哉吾勝マサカアカツ
勝速日カチハヤビ天忍穂耳命アメノオシホミミノミコトを以て、農作物の非常によく出来る大日本国を支
配させやうとの御命令を下されたその時の大御神の御神勅は、
 「豊葦原トヨアツハラの千秋長チアキノナガ五百秋イホアキの水穂国ミズホノクニは、吾アが御子ミコ、正哉吾
勝マサカアカツ勝速日カチハヤビ天忍穂耳命アメノオシホミミノミコトの知シロしめす所なり」
と云ふのであった。そこで天忍穂耳命は、天の浮橋から日本の形勢を御覧になると、甚
だ物騒なる様子であったから、その由を天照大御神アマテラスオホミカミに申し上げられると、然
らばとて色々の神を下して、先づ日本の大半を領してゐられた大国主命オホクニヌシノミコトを御
諭オサトシになったので、遂に大国主命はその命を奉じ、国土をこの神の御末に奉って御隠
居なされたので、永く大日本国はこの大御神の御末の治め給ふ国となったのである。
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