神様の戸籍調べ
 
二十 保食神ウケモチノカミ
 
 此神ほど吾等に直接の恩恵を下し給はった神様はあるまい。この神様は国つ神で、天
つ神ではないが神代の当時、英名の名天上に響いたものと見えて、天照大御神様も此令
名を伝聞遊ばされ、月夜見尊ツキヨミノミコトを使者となして、其の神につきて御食料の問題を
研究せしめ給ふことになった。月夜見尊は、勅をかしこみて国土に降り、保食神のもと
に抵イタり、大御神オホミカミの勅を宣べて、何卒、食物を献上せらるべしと申し添ると、
 「神命の程謹で拝承」
と首をクルリと地上にむけると口から飯が出る、又海の方にむけると魚類がウジョウジ
ョと出る、山に向けると鳥だの獣だのがピョコピョコと出る。そして是等の沢山の食物
をば沢山の机に載せて、月夜見尊に御馳走すると、驚いたは月夜見尊である、
 「何だい、保食神の口から出たものでないか、こんな汚いものが食へるかい。不届者」
と乱暴なものじゃ、折角神勅とかしこみて、保食神は大に気張って作った食物の色々を、
足蹴にした上に、不届な奴と計りに、剣を抜いて斬り殺した。そして平気な顔をして天
上に帰り、大御神に、
 「ハイ、保食神なんて奴は、実に無礼な奴でしたから、実は云々シカジカの真似をした故
直ちに天上の神威シンイの為に、斬って捨てて御座ります」
と報告した。すると大御神は「左様な無礼な奴であったか、汝の処置頗る神威を発揚す
る上に効あり賞す」と仰せあるかと思の外、
 「ココナ馬鹿者奴」
と御叱りになり、いたく保食神を気の毒に思し召し、天熊大人アマクマノウシを遣はして、是を
弔慰させられた。命を蒙りて、天熊大人が保食神ウケモチノカミを訪問すると、その死屍の頂か
らは牛馬が生れてゐるし、額の上に粟が出来、眉から蚕カヒコが生じ、眼の中から稗が出て
ゐる、そして腹からは稲、陰部からは麦や大豆小豆などが出来てゐたので、天熊大人は、
これ等を悉く皆集めて持って帰り、大御神に献上すると、大御神は非常に御嬉びになり、
 「是等は日本国々民の食ふべきものであるぞ」
と仰せになって、粟、稗、麦、豆を陸田リクデンの種子とし、稲を水田の種子とし、色々な
人々を定めて是を、天狭多長田アメノサダオサダにお植ゑになると、夏すぎ秋になると、立派
な出来ばえに、皆は非常に喜び取り収めたと云ふ。是からこれ等が日本人の食物となっ
たのである。つまり、現今吾人の日常生きてゐるのは保食神の賜物タマモノである。
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