神様の戸籍調べ
十一 天香山命アメノカグヤマノミコト
この神様は、天照大御神の曾孫に当らるゝ方で、即ち大御神の御孫天火明命アマノホアケノ
ミコトと申し、邇々杵命ニニギノミコトの兄様の御子様である。御一名を高倉下命タカクラジタノミコトと
も申し上げ、早くから紀伊国熊野邑クマノノサトに御住居なされてゐた(記、紀等)。
然、し旧事本紀クジホンギによると、この方は饒速日尊ニギハヤヒノミコトの御子様であって、宇
摩志摩治命ウマシマヂノミコトの兄様であるやに系譜を作ってゐるが、ともかく尊き天つ神の御
末であることは確かである。現今は眞清田マキヨタ神社に父天火明神と御在なさる。
この天香山命は非常に武勇な神様で、神武天皇東征の時、大功のあった方である。
神武天皇、日向より東征を思ひ立ち給ひ、兄五瀬命イツセノミコトと同道して、中国を平げ大
和に入らんとし給ふとき、豪族長髄彦ナガスネヒコと云ふものが、兵を備へて皇軍に反抗し奉
ったが、何分土地は不案内であるし、連戦精を尽くして奮闘せられたが仲々思ふように
行かぬ計りでなく、兄五瀬命は敵の毒矢に当りて、病重らせ給ふと云ふ有様に、遂に舟
を航カウして、南方紀州から廻り迂マワって熊野路を通り大和に入らうとせられた。
すると茲に、皇軍に反抗心を持ってゐた悪者がゐて、熊に化けて来て、丁度皇軍が林
の中を通るところを横切る拍子に、プッと毒気を吐き掛けると、神武天皇を始め奉り、
皇軍の将卒、忽ち茫として草の上に坐ったり寝たりして、麻酔状態に陥った。
その時に天香山命はある夢を見た、それは天照大御神が武甕槌神タケミカヅチノカミに向かて、
「日本では、神武天皇が東征の処、折あしく大難に遭って非常に困ってゐるやうであ
るから、御前は降って、皇軍を救ひ助けるがよからうぞ」
と御命令になった時、武甕槌命は御答になるやう、
「私が日本迄参ゐる迄もありません。唯私の剣を下しますれば、自ら平定しましゃう」
と言って、嘗つて出雲朝廷に使した時、国土平定の為に用ゐられた、宝剣フツノ霊フツノミタマ
と云ふを、天香山命に示して、
「この宝剣を天孫神武天皇に奉る時は、自ら悪神平定するするであらうから、汝の庫
に入れおく故、取り出して奉れ」
と告げしと見えしは南柯一炊ナンカイッスイの夢であった。アリャ不思議のこともあるかなと、
天香山神は庫の中を尋ぬるに、果して一本の剣あって逆様に立てゐたので、即ちこれを
抜き取りて、神武天皇に献ずる時、天皇の麻酔覚めて、
「何故こんなに寝込むだのであらうなァー」
と立上り給ふと、全軍茲に精気旧に百倍し、遂に皇軍大勝したのである。そこで愈々大
和に入り、長髄彦を征め平げ、国土を平定し給ふや、天香山命亦熊野以来、この君に臣
事して忠勤をはげみし故、その異母妹イトコに当る穂屋姫ホヤノヒメは、召されて、天皇の御妃
となって、一男を生み奉ったと云ふ。
この神の亦の名を伊夜比古命イヤヒコノミコトとも云って、その妃伊夜比女命イヤヒメノミコトとも云
ふことが神名帳考証にあるが、一寸誌しておく。
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