神様の戸籍調べ
 
十 天宇鈿女命アメノウヅメノミコトと猿田彦命サルタヒコノミコト
 
 御本籍地      高天原
 御現住所      丹波国氷上郡佐治村佐治神社
            天宇鈿女命 亦名大宮売神
 
 この神は女の神様であるが、勇猛無比なる上に、滑稽趣味を有し給ふる、奇体なる神
様で、天つ神々の中でも、一寸名を売ってゐ給ふ神様である。殊に其の顔頗る変妙の態
をなし、人をして一見笑はざるを得ざらしめ、二見御へその宙返りをなさしむと云ふの
である。
 と云ふのは、天照大御神が、御弟須佐之男命スサノヲノミコトの悪戯イタヅラに閉口遊ばされ、岩
戸隠をなされて、あの高天原の顛ヒックり返るやうな騒動の時に、愈々岩戸神楽を挙行する
ことになって、その舞姫として、この鈿女命ウヅメノミコトが当選せられたのである。
 性来滑稽に出来上ってゐられる鈿女命が、一生涯の妙智を絞って、先ずそこらの葛や
木の葉のやうなものを髪に着けて飾り、帯を緩めて、盥タラヒを伏せて、その上に上って、
ドコトンドコトンと踏み鳴らし乍ら、手に榊を持って躍り出した。いやその又可笑しい
ことと言ったら、苦虫三升一度に食べてゐると云ふ六ケ敷いムヅカシイ神様も、心配と云ふ
心配を一人でしてゐると云ふ悲観主義の神様も、クスリクスリと笑い出す。すると、群
衆心裡で一度にワッと可笑しさ面白さに、声を挙げて笑ひ転ける。鈿女命は大得意で、
妙チキリンな顔を益々変な格好にして、段々調子づき、大きなお尻を振るや、終には着
物を脱いで、丸裸で、コリャコリャと躍り出すから、集まった八百万の神々も堪らない。
 「ワッワッワッ」と、時ならぬ笑ひ声は、高天原一面も動す計りであった。時に岩戸
の中の天照大御神は不審の思し召して、ソッと覗ウカガはれると此有様に、
 「ヤイ鈿女よ、妾がこゝに隠れてから、高天原全体に心配してゐる筈じゃのに何のこ
とだい、その態ザマは、さも面白さうに、楽しさうに躍ったりなぞして」
と御叱りになると、鈿女命は、才智に長けているゐるから、一つ大御神様を偽って、今
少し岩戸から出て頂かうと考へ、
 「ハイハイ、今度は大御神より偉らい神様が出来ましたから、嬉しくて嬉しくて皆で
神楽してゐるのです」
と真面目に顔で御答へする、
 「ウム、さうか、何??神が他に出来たの!」
と少し御身を戸の外に御出しになる処を、手力男命タヂカラヲノミコトが手を執って出し奉った
のである。即ちこの岩戸神楽の第一功は実にこの鈿女命ウヅメノミコトであったのである。
 
 それから、この命は大御神に大層可愛がられて、御側に奉仕して、滑稽と勇気とを尽
くして、大御神を慰め奉ったが、天孫迩々杵命が降臨になる時、この鈿女命も亦従ひ降
ることになった。
 すると、降臨の道すがら、天の八衢ヤチマタと云ふ処まで、天孫の一隊が来られると天上
天下に光りわたる大きな神様があった。顔は真赤で、鼻が恐ろしく高く、五六尺もある
と云ひ、そして背の丈けが七丈にも余り、目丸は鏡の如く、又焼立の鉄の如く、慓悍な
る其様子に他の神々には一人も、これに談判する者がない始末、折から鈿女命は、
 「男の神には意気地がないなアー」
と言ひ乍ら、ドンドンこの鼻高神に向ひ、
 「コラコラ誰じゃ、そんな処に電信柱のやうに立ってゐる奴は、勿体なくも天孫の道
すじじゃぞ」
と御仰せになると、意外にも彼神は、
 「ハイハイ私は猿田彦と申す国の神でありまするが、今度は天孫の御降臨と承り、茲
まで御出迎ひ申上げてゐるのであります」
と申したので、
 「左様か、国神猿田彦じゃな、よしっ、御出迎とは太儀太儀、神妙の至りじゃ、それ
では先導申すのじゃな!」
 「ハイハイ私が御先導の光栄を有することを嬉びまする」
と、高い鼻、それに鞍馬山の天狗の五倍程もある鼻を地につけて御辞儀をして、遂に、
日向国高千穂の樓解峰クスフルミネ(霧島山)に御案内申し上げた。即ち鈿女命が巧みに交渉
したのであるから、天孫はこの猿田彦をその本籍地、伊勢国狭長田サナガタの五十鈴川の上
流に、鈿女命をして送らせられた。
 天狗のやうな猿田彦と、御かめのやうで、それに般若のやうな慓悍さを交へた鈿女命
とは、日向から西海道を経て伊勢に同道せられた。道中の悪神共もこの一対の神様達を
拝むでは、定めて驚いたことであらう。
 
 それから鈿女命は、猿田彦に別れて、伊勢の海辺に出て、千尋チヒロの底の一つ石袖ぬら
さじにとると云ふ様ことはしませんでしたが、飽く迄奉公の精神一徹な方であるから、
一つこの海岸の海魚どもを集めて、報国尽忠の意を知らしめてやらうと、そこら一帯の
ものどもを集められた。鯛やら、鰹やら、其他沢山の魚類が来たので、鈿女命は海岸の
岩に腰かけ乍ら、
 「皆の者共集まったかッ」
すると、鮪や鮫などが委員顔して、
 「ハイ集まりました」
 「慎で承れよ、今度天つ神の御子様が、この日本国を支配遊ばす為に、御降臨なされ
たのである。御前達は一同御奉公の精神を以て忠勤を励むであらうのゥー」
と尋ねると、衆魚口を揃へて、御辞儀をし乍ら、
 「ハ、ハイ、天孫の御支配御勿体ない事であります、私共の勢力を尽くして忠勤を励
むで御座りましゃう」
と答へたが、一人ぬらくらした海鼠ナマコ計りは、ウンがつぶれたとも言はぬ、鈿女命はキ
ット海鼠をねめつけて、
 「コリャ海鼠ッ! 貴様は最初から些チっとも返事をせぬやうだが、全体どうじゃ?」
と畳みかけたが、海鼠は愈々縮み上って返事せぬので、鈿女命は大に怒り、小刀抜くよ
と見えたが、海鼠をぐっと掴み上げて、
 「この口が黙ってゐるのじゃなァ、サァこの口、この口をあけろッ」
と、海鼠の口をサッと切り裂いて終はれた、これから今も尚ほ海鼠の口は裂けたやうに
なってゐると云ふが、鈿女命の勇猛さを表示してゐる神話の一つである。
 
 鈿女命は、猿田彦神と同道して、伊勢迄来られる中に、この神と御結婚なされたかの
やうに云って、猿女命サルメノミコトとも申してゐることもある。天上一の勇婦と、国中第一の
勇神との間に出来た御系統は定めて忠勇無類剛気なる神であったらう。殊に、鈿女命は
鼻の低いオカメの本家であり、猿田彦神は鼻の高い天狗の本元であるから、丁度その仲
の御子達は高からず、低からずであったであらうか。
 猿田彦は、一名大工御祖神オホツチミソカミとも云って、伊勢に帰ってからは、阿邪訶アサカ(伊
勢国壱岐郡)にあって、漁をしてゐられると、比良夫貝ヒラフガヒに手をかまれて「アッ痛
いッ」と海の中に沈まれたり、沈んで、苦しいものだから、ブクブクと泡を出したりな
ど失敗をし乍らも、ともかく、山から海に出て漁をしてゐられたと云ふ。
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