03 産土神
 
[産土神]
産土神ウブスナノカミ・ウブシナノカミ・ウブスナ・ウブガミのウブとは生むと同語にして、スナは或は砂の
義なりとし、或は住場スバ、若くは為根スネの転語なりとも云ひて、未だ一定の説あらずと
雖も、要するにウブスナとは、各人の本居、即ち各人の産出せる土地とを云ふものにし
て、産土神は、その産土を守護する神の称なり。
 
産土神のこと、古来史蹟に載する所実に希にして、之を詳にするに由なしと雖も、埃嚢
抄に引く所の尾張国風土記に、葉栗郡若栗郷宇夫須那の社あり、廬入姫誕生産屋の地な
り。故に此号ありと云へるは、蓋し其の初見なるべし。廬入姫は景行天皇の朝の人なり。
次て清和天皇の朝、讃岐国宇夫志那神に、神階を奉り給ひしこと三代実録に見えたり。
二書に云ふ所、共に産土神の一転して社名となれるものにして、産土神の称の既に当時
に有りしを知るに足る。
後世に及びては産土神を以て氏神と称し、其の地に生るゝものを以て産子と云ひ、また
氏子とも云へり。
 
氏子は古の謂ゆる氏人なり。こはもと氏神即ち祖神に対して、其の氏の子孫を指す称に
して、原来産子と同じからざれども、共に其の地の生民を守護し給ふところの相似たる
に由り、終に之を混ずるに至りしなり。
 
産土神詣
二葉よりそだちし松の千代をへて 変らぬ御代は浜松の風
垂乳根のそふの社にまうでつゝ 今あらためて祈る誓ひは(大猷院殿御実紀附録 六)
 
髪置袴著帯解等時詣産土神
ちはやぶる神の社をたづねつゝ けふのためてふいのりをぞする(兼盛集)
 
首途詣産土神
かしこまるしでになみだのかゝるかな 又いつかはと思ふあはれに
                     (夫木和歌抄 三十四神祇 西行上人)
 
以産子称氏子
みかさ山その氏人の数なれば さしはなたずや神はみるらん(嬉遊笑覧 七祭祀)

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