02 氏神
 
                       参考:吉川弘文館発行「古事類苑」
 
[氏神]
氏神ウヂガミ・ウヂノカミとは、「氏」の祖神の義にして、之を祀れる社をウヂノヤシロと云へ
り。
凡そ諸神の裔には各其の氏あり、諸氏の人各同族を称して之を「氏人ウヂビト」と云ひ、
氏人を統治するもの、之を氏の長者と云ふ。故に祭祀あるときは、氏の長者たるもの、
必ず氏人を率ゐて、各其の祖神を祭る。例へば、中臣氏は其の祖天児屋命を祭り、忌部
氏は其の祖天太玉命を祭りて氏神となせる類是なり。
 
されどまた是より一転して、其の祖神ならざるも殊なる由緒ある神をば、汎く之を氏神
と称するものあり、即ち藤原氏は春日神社の外に、鹿島香取の二宮をも其の氏神となせ
るが如き是なり。鹿島宮は武甕槌神を祭り、香取宮は経津主神を祭りて、共に藤原氏の
祖神にあらず。その相殿には天児屋命を祭れども、此は後に河内国平岡神社より移し奉
れるなり。然るに其の以前より鹿島香取の二神をば氏神と称して、却て平岡神社をば氏
神となさゞるなり。
其の他尾張氏の熱田宮に於ける、橘氏の梅宮に於ける、また源平両氏等の平野社に於け
るが如きもまた此類なり。
 
凡氏神の祭祀は、毎年二月、四月、十一月に、氏の長者たるもの、各其の氏人を集へて
行ふものにして、其の供物作法等大概他の諸神の祭式と異なることなく、或は百花を供
し、或は神馬を献じて以てその神霊を慰し、一族安穏子孫繁栄等を祈るを以て常とせり。
而して其の特に厚きものに至りては、前年の末より潔斎して飲食を慎むものあり。此の
如きは実に其の祖先を念ふの至情溢れて此に至りしものにして、他邦に於ては多く其の
比を見ざる所なりとす。
 
抑も氏神の史乗に見えたるは、旧事紀に崇神天皇の時、物部氏が石上宮を崇めて其の氏
神と為せるを以て始とす。
弘仁天皇の朝、藤原良継の病みし時、其の氏神鹿島香取の二宮に、朝廷より神階を上り
て、為に之を祷り給ひ、淳和天皇の天長元年、紀氏の氏神を以て官幣に預らしめ、清和
天皇の貞観九年、伴氏の氏神を以て官社に列せらる。
此後、陽成、光孝、宇多、醍醐の四天皇の間、氏神には斯る特典に預り給ふもの少しと
せず。然れども多くは皇家の外戚、若くは其の族類の祖神の外に出でず。
此時代に在りては氏神の祭祀も猶旧に仍りて盛に之を行ひしかば、皇家もまた甚く之を
好し給ひ、或は之に社地を賜ひて以て祖神を祀る処と為さしめ、或は之に祭田を賜ひて
以て春秋祭祀の費に充てしめ、而して其の祭時に当りては、氏人五位以上のものは特に
官符を待たずして京外に出づることを聴し、また正税を賜ひて以て之が行旅の資に当て
給ふが如きことあり。
また以て当時に在りて、上下一同に其の祖先の祭祀を重ずるの情の至て厚かりしを見る
べきなり。
 
後世に及びては、其の祖先の神にもあらず、また其の氏族に由緒あるにもあらざるもの
を尊崇して氏神と称し、更に一転して各地の産槌神を以て其の氏神と為し、其の地に生
るゝものを以て氏子と称するに至り。
古の謂ゆる氏人の制、大に変ぜり。
 
平氏神
おひのぼるひらのゝ松はふく風の おとにきくだに涼しかりけり(清輔朝臣集 祝)
 
源氏神
おひしげれひらのゝはらのあや杉よ こきむらさきにたちかさぬべく
                       (拾遺和歌集 十神楽 もとすけ)
 
思より友をうしなふ源の 家にはあるじ有べくもなし(源平盛衰記 四十六)
 
度会氏神
松風や小事の磐屋古てだに もらぬ時雨の音のみぞする
                       (詠大神宮二所神祇百首和歌 冬)
 
丹波氏神
おほ江山むかしのあとのたえせぬは あまてる神もあはれとやみん
                   (夫木和歌抄 三十四神祇 丹波忠茂朝臣)
 
以産土神称氏神
二葉よりおひ立影に行すゑの 千代をも契るはま松の風
たらちねのそふの社にもうでつゝ 猶あらためていのる行すゑ
                           (大猷公御上洛中の詠歌)
 
氏神祭日
神まつる卯月の榊とりそへて 梅の宮居にたつるみてぐら(年中行事歌合 秀長朝臣)
 
氏神祭
久堅の 天の原より 生アれ来たる 神の命ミコト 奥山の 堅木サカキが枝に 白香シラガ付く
木綿ユフ取り付けて 斎戸イハヒベを 忌イハひ穿ホり居スゑ 竹玉タカタマを 繁シじに貫き垂り
十六自物シシジモノ 膝折り伏せ 手弱女タワヤメの 押す日取り懸け かくだにも 吾れは祈
コひなむ 君に相アはじかも
反歌
木綿畳み 手に取り持ちて かくだにも 吾れは乞コひなむ 君に相はじかも
                              (萬葉集 三雑歌)
 
氏神詣
大原や小塩の松もけふこそは 神世のこともおもひいづらめ(伊勢物語 下)
 
おほはらや小塩の山もけふこそは 神世のことも思いづらめ
                    (古今和歌集 十七雑 なりひらの朝臣)
 
別立氏神
きさらぎやけふ神まつる小塩山 はやかげそへよ花のしらゆふ
                          (年中行事歌合 経賢僧都)
 
氏人
おほはらの神もしるらん我こひは けふ氏人のこゝろやらなむ
                   (拾遺和歌集 十一恋 一条摂政藤原伊尹)
 
千とせまでかけてぞまもる氏人の かみへといます君のたまづさ(春日権現験記 三)
 
杉村にしめ引かけてうぢ人の ひかるばかりにみがく玉がき
                          (永久四年百首 雑 顕仲)
 
榊とるやそうぢ人の袖の上に 神代をかけて残る月影
                    (続後撰和歌集 九神祇 土御門院御製)
 
いづくより人は入けんまくず原 秋風吹し道よりぞこし(十訓称 十)
 
うぢ人のまとゐるけふはかすがのゝ 松にも藤の花ぞさくらし(空穂物語 梅の花笠)
 
雑載
ふたかたに我うぢがみをいのる哉 このてがしはのひらでたゝきて(相模集)
 
世々ヨヨの祖オヤの みかげ忘るな 代々ヨヨの祖は 己オノが氏神 己が家の神(玉鉾百首)

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