19 神木
 
[神木]
神木は、また霊木とも称す、多くは神社の境内に在りて、常に注連を引き欄を設けて、
以て特に敬畏崇重する所の樹木なり。
凡そ神木は、其の神祇に縁故あるもの、若くは原より其の社地に在る所のものを以て之
に充て、或は之を以て其の社名と為し、或は其の神体、若くは神符と為すものあり。
而して神木は、一社一木を以て常とすれども、稀には一社にして数種あるものあり。或
は社辺の樹木をも総称するものありて、必ずしも一様ならざるなり。
 
中世以降、神木動座と称することあり。一は春日の神人等事を朝廷に訴ふる時に於てし、
一は紀国造職譲補の時に於てす。共に榊を俸持して以て神体に擬するなり。
 
榊
神樹サカキにも 手は触るとふを 打つたへに 人妻と云へば 触れぬものかも
                              (萬葉集 四相聞)
 
神垣のみむろの山の榊葉は 神のみまへにしげりあひけり
霜八たびおけどかれせぬ榊葉の たち栄ゆべき神のきねかも
                          (古今和歌集 二十大歌所)
 
榊葉の香をかぐはしみとめくれば 八十氏人ぞまとひせりける(拾遺和歌集 十神楽)
 
すゞか河ふりさけみれば神路山 さか木葉分て出る月影
                      (続後撰和歌集 九神祇 僧正行意)
 
杉
稲荷山尾上にたてるすぎすぎに ゆきかふ人のたえぬけふかな(源順集)
 
いちじるき山ぐちならばこゝながら 神のけしきを見せよとぞおもふ
いなりやまおほくのとしを越えにけり いのるしるしのすぎをたのみて
                             (蜻蛉日記 上之上)
 
おひしげれ平野の宮のあや杉よ こきむらさきの色重ぬべく(元輔集)
 
いなり山杉の青葉をかざしつゝ 帰るはしるき今日のもろ人(藤原知家卿)
きさらぎやけふ初午のしるしとて 稲荷の杉はもとつ枝もなし(藤原光俊朝臣)
                              (新撰六帖 一春)
 
いなり山しるしの杉を尋ねきて あまねく人のかざすけふかな
                          (永久四年百首 春 顕仲)
 
いなり山しるしの杉を春がすみ たなびきつるゝけふにもあるかな(仲実)
いなりにも思ふ心のかなはずは しるしの杉のをられましやは(俊頼)
稲荷坂さかしくとまる心かな みな杉のはをふけるいほりに(忠房)
                             (永久四年百首 春)
 
人しれずいなりの神にいのるらむ しるしのすぎとおもふばかりぞ
返し
君をとはいなりの神にいのらねば しるしの杉のうれしげもなし
                            (散木葉謌集 六神祇)
 
ときはなるひら野の宮の杉村は 君がよはひのしるしとぞみる
                    (夫木和歌抄 二十九杉 正三位季経卿)
 
石上イソノカミ 振るの山なる 杉村の 思ひ過ぐべき 君にあらなくに(萬葉集 三挽歌)
 
石上 振るの神杉 神さびて 吾れやさらさら 恋ひに相ひにける
                             (萬葉集 十春相聞)
 
石上 振るの神杉 神さびて 恋ひをも我は 更にするかも(萬葉集 十一)
 
しぐれのみふるの神杉ふりぬれど いかにせよとか色のつれなき(金塊和歌集)
 
いくとせのかげとか神もちぎるらん ふるのやしろのすぎの下風
                    (夫木和歌抄 三十四神祇 順徳院御製)
 
味酒ウマサケを 三輪の祝ハフリが 忌イハふ杉 手触れし罪か 君に遇ひ難き
                              (萬葉集 四相聞)
 
み幣帛ヌサ取り 神ミワの祝ハフリが 鎮斎イハふ杉原 燎木タキギ伐コり ほとほとしくに 手斧
は取られぬ(萬葉集 七雑歌)
 
神南備カミナビの 神より板に する杉の 念ひも過ぎず 恋ひの茂きに
                              (萬葉集 九相聞)
 
はふり子がかみより板にひく杉の くれ行からにしげき恋哉
                       (続後拾遺和歌集 十三恋 基俊)
 
神名備カムナビの 三諸ミムロの山に いはふ杉 思ひ過ぎめや 蘿コケの生ムすまで
                             (萬葉集 十三雑歌)
 
我庵はみわの山もと恋しくば とぶらひきませ杉たてるかど
                      (古今和歌集 十八雑 読人しらず)
 
わがいほはみわの山もとこひしくば とぶらひきませすぎたてるかど(古今)
                              (奥儀抄 中之下)
 
わが庵は三輪の山もとこひしくば とぶらひきませすぎたてるかど(古今)
三輪の山しるしのすぎはうせずとも たれかは人のわれを尋ねん
すぎもなきやまべをゆきて尋れば そでのみあやなつゆにぬれつゝ(袖中抄 九)
 
恋しくばともらひきませ千はやぶる みわの山もと杉たてるかど
三輪の山いかに待みんとしふとも たづぬる人もあらじとおもへば
我宿のまつはしるしもなかりけり 杉むらならばたづねきなまし(俊頼口伝集 上)
 
三輪の山しるしの杉は有ながら をしへし人はなくて幾世ぞ(元輔集)
 
忘れずば尋ねもしてんみわの山 しるしに植し杉はなくとも(古今和歌六帖 六木)
 
杉の門又すぎがてにたづねきて かはらぬいろをみわの山本(菅笠日記 下)
 
跡たるゝ神世をとへば大ひえや をひえの杉にかゝるしら雲
                     (新拾遺和歌集 十六神祇 法印成運)
 
大ひえやいのるしるしを三輪の山 かげおしわたる杉のこずゑに(法印定為)
あまくだる日よしの神のしるしとて やをひえのすぎのこだかかるらん(通基卿)
                          (夫木和歌抄 三十四神祇)
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