14 祭具
 
[祭具]
祭具とは、祭祀に用ゐる器具を云ふなり。而して其の用一ならず。装飾の用に供するも
のあり、鋪設の用に供するものあり、或は神饌を盛り、若くは幣帛を載する等の用に供
するものあり。
 
装飾の用に供するものには、榊あり、注連あり、鈴あり、鰐口あり。
榊サカキは栄樹の義にして、即ち常磐木の総称なり。然るに後世に至りては、別に一種の木
を定めて以て榊と称し、専ら之を神事に用ゐて、神御の物を其の枝に懸くることあり。
或は神人の執持することもありて、必ずしも装飾の用のみには限らざるなり。
注連はシメと云ひ、シメナハと云ひ、旧くはまたシリクメナハと云へり、即ち稲棹を以
て製する縄なり。此は汗穢を界隔するの具にして、多くは之を門戸に施し、また社殿の
四周等にも引き繞メグらせり。
天照大神の天岩屋より出御し給ひし時、其の新殿に端出縄を引き渡しゝを以て起原とす。
 
鈴はスズと云ふ、之を神事に用ゐしは、未だ何れの時に起りしを詳にせずと雖も、蓋し
其の始は矛を飾るに鐸を以てせしが如く、一の装飾物に過ぎざりしならん。
然るに中世以降、多くは之を神前に懸けて以て神意を慰め奉るの具と為し、神拝者をし
て之を振り揺がさしむ。
また神楽鈴と称して十二顆を攅簇サンゾクし神楽の時に、之を以て殆ど楽器の用を為さしむ
るに至れり。
鰐口ワニグチは、鈴と同じく神前に懸くる所のものなり。但し此は両部の神社にのみ用ゐし
所にして、明治の初年神仏の混合を禁ぜしと共に、今は全く廃絶に帰せり。
 
鋪設の用に供する者には、薦あり、簀あり、畳あり、また茵、席の類あり、或は神座を
設くるに用ゐ、或は幣帛を包むに用ゐ、或は案机等の上下に敷くにも用ゐて、其の使用
する所極めて広し。其の製作の如きは器用部に各々篇あれば、此篇には多く省略に従へ
り。
 
神饌を盛り、若くは幣帛を載する等の用に供するものには、棚あり、案あり、机あり。
机には大机、小机、高机、切机、板机、副机、中取机、八足机等の別あり。八足机は左
右に各々四脚を施したる机にして、後世多くは神事の時にのみ用ゐる。
また筥あり、篭あり、桶、槽フネあり、其の他櫃、折敷、高坏、四方、三方、箸等の具あ
り。
 
また瓶ミカ、忌瓮イハヒベ、厳瓮イツベ、平瓮ヒラカ、槲葉カシハ、葉椀クボテ、葉盤ヒラテ等の類あり。
棚より以下、箸に至るまでの事は、器用部に各々其の篇あれば、就きて看るべし。
瓶はミカと云ふ、御器の義にして、字或は瓮、甕等に作る、忌瓮、厳瓮、平瓮(盆)等
と共に、酒飯等の飲食を盛る土器にして、忌瓮、厳瓮は清潔の器を云ひ、平瓮は扁(匸
+扁)浅の器を云ふ。平瓮を称して一に天平瓮と云ふは、美称を加へたるなり。
而して「斎戸イハソベ乎ヲ忌イハヒ穿ホリ居スエ」の語あるに拠りて考ふれば、斎瓮は土中に置きて
以て酒を醸しゝならん。
貞観延喜の式等に由加物と云へるは、蓋し此等の器を総称せしものなるべし。
槲葉は之を縫合して神饌を盛るの用に供するものにして、葉椀は其の深きものを云ひ、
葉盤はその浅きものを云ふなり。
 
榊
神がきのみむろの山のさか木ばは 神のみまへにしげりあひにけり
霜やたびおけどかれせぬさかきばの たちさかゆべき神のきぬかも
                          (古今和歌集 二十大歌所)
 
さかきばのかをかぐはしみとめくれば やそうぢ人ぞまどゐせりける
                            (拾遺和歌集 十神楽)
 
榊葉に千代の小松をとりそへて けふより祭る住吉の神
あだに見し庭の桜はちらずして しめの榊の色かへてけり(祭主輔親卿集)
 
注連
月にとふ君が心を御清縄 かけてたのむる末の遥けさ(詠大神宮二所神祇百首和歌)
 
春はまだ残れるものを桜花 しめの中には散にけるかな(続古事談 二臣節)
 
あめにますとよをかひめの宮人も わが心ざすしめをわするな
                           (源氏物語 二十一乙女)
 
祝部等ハフリベラが 斎ふ社の 黄葉モミヂバも 標縄シメナハ越えて ちるちふものを
                             (萬葉集 十秋相聞)
 
ふぢふ野の かたちが原に しめはやし なよや しめはやし なよや
しめはやし いつきいはひしもしるく 時にあへるかも 時にあへるかもや(催馬楽)
 
三輪山の杉のふる木のみしめなは かけきや人をつれなかれとは(新撰和歌六帖 五)
 
ちはやぶる神もしりにきゆふだすき しめのほどかくはなれざらなん(藤原清正集)
 
しめのうちは身をもくだかず桜花 をしむ心を神にまかせて
返し
しめの外も花とし云はん花はみな 神にまかせてちらさずもがな
                          (建礼門院右京大夫集 上)
 
鈴
やをとめのふるてふすゞのころころと なゝのやしろは宮居せりとぞ
                             (新撰和歌六帖 二)
 
神歌や鈴ふりたつる声までも 月澄わたる里かぐら哉(七十一番歌合 下)
 
忌瓮
久堅の 天の原より あれ来たる 神の命ミコト(中略)斎戸イハヒベを 忌イハひ穿ホり居スゑ
竹玉タカタマを 繁シジに貫き垂れ 十六自物シシジモノ 膝折り伏せ(中略)
                              (萬葉集 三雑歌)
 
吾が屋戸に 御諸ミモロを立てて 枕辺に 斎戸を居スゑ 竹玉を まなく貫き垂れ(下略
)(萬葉集 三挽歌)
 
帯乳根タラチネの 母の命は 斎忌戸イハヒベを 前に坐スゑ置きて 一手ヒトテには 木綿ユフ取り
持たし 一手には 和細布ニギタヘ奉り 平らけく ま幸サキく坐マせと 天地の 神祇カミに
乞祷コヒノミ(下略)(萬葉集 三挽歌)
 
吾が念オモへる 妹に縁ヨリては 言コトの禁イミも 無く在りこそと 斎戸を いはひ穿り居
ゑ 竹珠を まなく貫き垂れ 天地の 神祇カミをぞ吾が祈ノむ 甚イタもすべなみ
                             (萬葉集 十三相聞)
 
くさまくら たびゆくきみを さきくあれと いはひべすゑつ あがとこのべに
                               (萬葉集 十七)
 
ありめぐり 事しをはらば つつまはず かへりきませと いはひべを とこべにすゑ
て(中略)(萬葉集 二十)
 
葉椀・葉盤
やひらでを 手にとりもちて われからかみの からをきせんや からをきせんや
                                  (神楽歌)
 
神山のまさきのかづらくるひとぞ まづやひらでのかずはかくなる(和泉式部集 五)
 
てがしはにひらでをさしてこし人の いのりいでゝし人はみるらむ
かみ山のかしはのくぼてさしながら おひなほる身の栄えともがな(相模集)
 
しもがれやならのひろ葉をやひらでに さすとぞいそぐ神のみやつこ
                      (新勅撰和歌集 九神祇 恵慶法師)

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