13 神饌
 
[神饌]
神饌はミケと云ふ、ミケとは御食の義にして、即ち神祇に供する飲食の美称なり。而し
て神饌は、旧くは之を朝夕の二時に献ぜしを以て、朝の御饌夕の御饌の称あり。
凡そ神饌は之を分ちて飲食の二種とす。其の飲には水あり、酒あり、水はミモヒと云ひ、
酒はミキ又はミワと云ふ。共に其の美称にして、その製法に因りて白酒シロキ、黒酒クロキ、
清酒スミサケ、濁酒ニゴリサケ、醴酒ヒトヨサケ等の別あり。
 
食には塩類あり、穀類あり、菓実、蔬菜、及び鳥獣魚介等の類あり。而して穀類にはま
た稲あり、米あり、糯米あり、稲は多くは其の初穂を抜きて以て献ずるものにして、或
は之を神垣に懸くることあり。之を懸税カケヂカラと云ふ。後世に至り其の物を何たるを問
はず、汎く神に供ずるものを称して初穂と云へるは、蓋し其の遺風なるべし。
米には粢餅あり、胥(米偏+胥)米あり、果(米偏+果)米あり、散米あり。粢餅はシ
トキと云ふ、或は祭神の米なりと云ひ、或は祭餅なりとも称して、未だ一定の説なしと
雖も、之を白磨の義なりと為すものは是なるに近し。胥(米偏+胥)米はクマシネと云
ふ、蓋し神稲の義なり。果(米偏+果)米はカシヨネと云ふ、即ち水に淅カしたる米にし
ての一に洗米アラヒヨネとも云へり、其に神供に用ゐる精米を称するものにして、後世之をオ
クマと云ふは其の転れるなり。散米はまた散供と云ふ、共にウチマキ、若くはハナシネ
と訓じて、神拝の時散じて以て神前に献ずる米を云ふなり。
神に供ずる餅をカガミと云ふは、其の形状に拠りて名くる所にして、またソナヘの称あ
り、ソナヘとは神に供ふるの義に取れるならん。また菓子を献ずることあり、古へ菓子
と称するものは、蓋し今の謂ゆる餅の一種なるべし。
菜蔬には、野菜あり、海菜あり。鳥獣魚介の類は、また生肉を以てし、或は乾肉を以て
するものあり。
 
神饌を献ずる時は、美麗の言を以てす。稲を和稲ニギシネ荒稲アラシネと云ひ、菜を甘菜アマナ辛
菜カラナと云ひ、魚を鰭広物ハタノヒロモノ鰭狭物ハタノサモノと云ひ、鳥獣を毛和物ケノニゴモノ毛麁物ケノアラ
モノと云ふが如き是なり。此は神慮を慰め奉らんが為に、殊に其の詞を修飾するものなる
べし。
而して中世以降神祇に獣肉を供ずること極めて尠く、後世に及びては殆ど之れ無きに至
り、或は神社により魚肉をも併せ廃して、常に素饌のみを献ずるものあり。
 
直会ナヲライは、神祭の後に行ふ解斎の式なり。後世は其の饗膳に神饌の下物オロシモノを以て之
に充つ、因りて此に併載す。
 
あぢむらの さわぎきほひて はまにいでて 海原見れば しらなみの やへをるがう
へに あまをぶね はらゝにうきて おほみけに つかへまつると をちこちに いさ
りつりけり(中略)(萬葉集 二十)
 
神酒
このみきは わがみきならず やまとなす おほものぬしの かみしみき いくひさ 
いくひさ(日本書紀 五崇神)
 
哭沢ナキサハの 神社モリに三輪ミワすゑ 祷祈イノれども 我が王オホキミは 高日タカヒ知らしぬ
                              (萬葉集 二挽歌)
 
五十串イクシ立て 神酒ミワすゑ奉る 神主部ハフリベが うずの玉蔭タマカゲ 見ればともしも
                             (萬葉集 十三雑歌)
 
千早振いづもの杜にみわすゑて ねぎぞかけたる紅葉ちらすな(永久四年百首 雑)
 
しらざりつみわすゑまつるみそぎ河 神さへうけぬ思ひせんとは
                        (夫木和歌抄 九夏 隆信朝臣)
 
天地と 久しきまでに 万代ヨロヅヨに つかへまつらむ 黒酒クロキ白酒シロキを
                               (萬葉集 十九)
 
水 藤花
花開ば真名井の水を結とて 藤岡山にあからめなせそ(詠大神宮二所神祇百首和歌)
 
懸税
今日といへば田面の秋に打出て 穂掛の稲を先いそがなん
                         (詠大神宮二所神祇百首和歌)
 
米
しめのうちにきねのおとこそきこゆなれ(神主成助)
いかなる神のつくにかあるらむ(行重)(金葉和歌集 十雑)
 
胥(米偏+胥)米・果(米偏+果)米
きねがとるそのくましねに思事 みつてふかずをたのむばかりぞ(権中納言俊忠卿集)
 
散米
恋せじと神の御前にぬかづきて さんぐの米の打はらふ哉(七十一番歌合 中)
 
菜蔬
今日はとて七葉の神に備祭る 若菜は誰かつみ始けむ(詠大神宮二所神祇百首和歌)
 
君ぞ見む名におふ布子の根たかうな その畑ものといやつぎつぎに
                          (幕府年中行事歌合百首題)

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