08b 祓禊・大祓・御贖節折・六月祓・臨時大祓
 
[御贖節折]
二季の御贖は、大祓の日、天皇及び中宮東宮の御為に、特に行ふ御祓なり。
今貞観儀式延喜式に依りて考ふるに、是日中臣先づ御麻を上り、事畢りて後に、之を卜
部に賜ふ。卜部執りて祓所に至りて解除を行ふ。次に東西の文部横刀を上り、次に宮主
進みて荒世アラヨの御服を上り、中臣の女、竹枝を執りて、御体を量り奉ること凡て五度。
次に中臣和世ニゴヨの御服を上る、其の儀荒世の御服の如し。
 
節折とは、荒世和世の竹枝を用ゐるに由りて称する所にして、世ヨ(仮字)は竹節を云
ふ。
此称江家次第に引く所の清涼抄(村上天皇勅撰)に始めて見えたり。此書に依れば、御
麻を以て御体を撫で給ひ、豆々志呂比の御服(即ち荒世和世の御服なるべし)、及び横
刀壷等に御息を吐き給ふなり。
蓋し荒とは悪祓に用ゐるの謂にして、和とは善祓に用ゐるを云ふなるべし。御贖訖りて
後、荒世は卜部に、和世は宮主に賜ふ。
 
また毎月晦日御贖あり、つごもりの御祓と云ふ。但し六月十二月は此例にあらず。
また羅城御贖あり。世毎に一たび之を行はる。
また毎年六月十一月十二月の、一日より八日に至るまで、また御贖あり。
而して其の六月十二月は、月次祭神今食篇に、十一月は、新嘗祭篇に収めたり。就きて
看るべし。
 
節折雑載
霜さやぐ竹のは風はあらたへの よをりの袖は猶や寒らん(年中行事歌合 秀長朝臣)
 
みな月のけふくれ竹のよをりにぞ 君が千とせの数はそへける
                 (新俗古今和歌集 三夏 土御門内大臣源道親)
 
[六月祓]
六月祓、又は名越祓ナゴシノハラヘとも、夏祓とも称す。
上古は、六月十二月晦日、朝廷に於て大祓を行はれ、また民間に於ても、一般に祓除を
行ひしが、後世十二月の祓除は遂に廃絶して、六月祓のみ行はるゝことゝなれり。
而して其の祓の法は、菅或は茅を以て輪形を作りて之を潜り越ゆるなり。その輪を茅の
輪とも菅貫とも云ふ。
また水辺に出でゝ、麻木綿などを著けたる五十籤を立てゝ祓を行ふことあり。
而して中世まで必ずしも晦日には限らず。六月中は何日にても行ひしものゝ如し。
 
みな月のなごしのはらへする人は ちとせのいのちのぶといふなり
思ふ事みなつきねとてあさの葉を きりにきりてもはらへつる哉(公事根源 六月)
 
作法
みなつきの名ごしのはらへする人は ちとせのいのちのぶとこそきけ(友俊記)
 
六月祓例
うちはへてわれにつれなき君なれば けふのみそぎもかひなかるらん
あふ事のなごしのはらへしつる哉 おほぬさならぬ人をみしとて
常よりもなごしの月のわびしきは いむてふことのなきにぞ有ける
人はいさなごしの月ぞたのまれし せゞのみそぎにわするゝやとて
                             (空穂物語 祭の使)
 
臣庶六月祓
たなばたは天のかはらをなゝかへり のちのみそかをみそぎにはせよ
                             (後撰和歌集 四夏)
 
こひしさをみそげど神のうけねばや 心のうちのすゞしげもなき
みそぎ河かはせの神にことふれて まだこそしらねこひの心を
                           (浜松中納言物語 一上)
 
雑載
此川にはらへてながすことのはは 波の花にぞたぐふべらなる(古今六帖 一夏)
 
加茂川のみなそこすみて照月を ゆきて見んとや夏ばらへする
                      (後撰和歌集 四夏 よみ人しらず)
 
ねぎごとをきかずあらぶる神だにも けふはなごしと人はしらなん(源順集)
 
さばへなすあらぶる神もおしなべて けふはなごしのはらへなりけり
                        (拾遺和歌集 二夏 藤原長能)
 
よるせなき身をこそかこて思こと なほ大ぬさに夏祓して
                     (新拾遺和歌集 三夏 藤原行輔朝臣)
 
みそぎ河ながれてはやく過る日の けふみなつきは夜も更にけり
                      (続後拾遺和歌集 三夏 新院御製)
 
里人は今夜こゆてふみわ川の 清きながれにみそぎすらしも
                    (新続古今和歌集 三夏 前大僧正呆守)
 
[臨時大祓]
臨時大祓は、触穢、疾病、災変等、すべて祓ふべき事ある時之を行ふ。
京中にては建礼門前、又は朱雀門前、及び八省東廊等に於て行はる。
 
諸国大祓は、祓ふべき事ある時、使を天下諸国に遣はし、国造郡司等より各々祓物を出
さしめて解除せしむるなり。此他大嘗祭の前後、斎宮斎院の卜定、群行等の時、臨時大
祓あり。各々其の篇に出せり。

[次へ進む] [バック]