09b 日本の神々と易・五行〈その8〉
 
4 守庚申に活躍する「火」
 金気を制するものは,「火剋金」の理で「火」です。先人達がこの金気の虫封じを火
気に頼ったことは想像するに難くありません。
 
(1) 「火」としての「不寝」と「視」
 庚申呪術の第一は「不寝」です。不寝とは「目を見開いていること」,「みること」
であり,上表の五事においては,これはその「視」に当たります。「視」は「火気」に
還元されますので,「火剋金」の理により,金気の三尸の動きを封殺する有効手段とし
て,不寝は最初に選用されている呪術と思われます。
 
(2) 「火」としての庚申時間の「七」の数
 「神道シントウ名目ミョウモク類聚鈔ルイジュウショウ」巻五「庚申待」条には,
  「庚申の日には申の七ツから寅の七ツまで,合計七刻の間を不寝で,庚申の祭神で
  ある猿田彦大神を祭る。その供物は七種である」
と述べられ,これは厳守されてきています。
 このように「七」という数が頻出するのは何故でしょうか。
 
             9
         4   子   8                     
          亥      丑                         
       5           7                   
        戌         寅                    
                                       
      6酉     ・     卯6                  
                                       
        申         辰                    
       7           5                   
          未     巳                      
         8   午   4                     
             9
 
 「五行大義」によりますと支干の数には通数と別数の2種があり,別数とは「支」の中
で,
  子と午 − 九
  丑と未 − 八
  寅と申 − 七
  卯と酉 − 六
  辰と戌 − 五
  巳と亥 − 四
とするものです。その理由は「子午は天地の軸をなすから,陽の極数の「九」を宛て,
丑未からは数を一つずつ減じて行く」というのです。
 一方,易においては二と七は火,取り分け七は火の成数で活躍しよく作用ハタラキする数
です。数は,
  生キのままの生数
  土気を混じた成数
の2種類に分類されます。土を得た成数は活発に動き,火としてのその功を一層よく果た
します。
 また十二支は七つ目毎に対中し,対中する支は互いに激しく剋し合うものとされます。
つまり「七」は殺気の数でもあります。
  庚申の干支
  人の身中に巣食う三尸
 これらは何れも人の生命を窺う金気をその本質とするものである,と推理しました。
不寝呪術が「火剋金」の理を以てそれらの殺気に対抗するために案出されたものとしま
すと,その呪術の一層の奏功を期して,先人達は其処に更に火気を盛り込んだに相違あ
りません。
  宵の七ツから暁の七ツまで
  その間,合計して七刻
 これらの沢山の七つの数に篭められているものは,火としての七の数への期待と祈り
ではないでしょうか。
 
(3) 「火」としての庚申供物の「七」の数
 この七は時間における「七」と同様,火の成数の七に他ならず,祭神の好物の如き扱
いではありますが,一方,その真意はこれを剋しているものとも解されます。例えば水
気の造型としての河童を「土剋水」の理によって,その一番弱るときに殊更に祭り,更
にその好物と称して胡瓜(完熟すると黄色になるので,中国では黄瓜といい,黄即土気
)を供えて,夏期に子供を水死から防ぐ呪術として伝わっています。これと全く同様の
意図から発したものと考えられ,庚申におけるの「七」は,庚申の殺気を防ぎ,延命長
寿を図る意図によるものなのです。
 
(4) 「火」としての方位「南」
 前掲の「五行配当表」による方位の南もまた,火気に還元されています。
 「台記(藤原頼長の日記)」天養2年(1145)正月14日条には,
  「庚申経の説くところに従い,夜半過ぎ,主客共々真南に向かって拝礼し,三度,
  呪文を唱えた。即ち,三尸はすべて永遠の玄冥の中に,我身から離れ去って行け,
  というのである。鶏鳴に及んで就寝。」(大意)
とあります。庚申の夜を寝ずに過ごした主客が,夜半過ぎになって揃って真南に向かっ
て正座し,恭しく拝礼して一心に呪文を唱えている様子がよく窺われます。南は火気で
あると同時に,易の八卦では「離」で,つまり南は離れることが作用する方位なので,
三尸の放逐,封殺には最も速効性のある方位として用いられている訳なのでしょう。
 
5 三猿の呪術
 主として関東地方などでは,庚申塔の下方に「三猿」,即ち「見ざる,言わざる,聞
かざる」の三猿が刻されています。
 一般的な三猿の由来は,「庚申信仰(雄山閣)」の「庚申と三猿の結び付きは,さし
て旧いものではなく,17世紀の頃,即ち正保・慶安・承応・明暦の頃から次第に盛んに
なった。・・・・・・庚申の礼拝対象に三猿がなっているのは,三尸サンシとの関係に他ならず,
人の悪事を天帝に告げる三尸を三猿に準え,その報告を食い止めようという意図によっ
て着想された習俗である。・・・・・・」です。
 而して申は猿に通じ,その本性は当然金気なので「言」をその象徴とします。従って
その金気の猿の口を封ずることは,金気剋殺をその目的とする庚申行事に最も相応しく,
それ故にこそ三猿のうち,口を塞ぐ猿は常にその中央に据えられている訳なのです。
 
6 庚申信仰の諸相
 中国古代哲学によりますと「天円地方」,即ち天は回転し円く,地は動かず四角いも
のとします。また地は柔なるものであるに対し,天行は健,健は堅に通じ,天を金気の
剛強とします。この天の象徴となるものが丸い金気の石であり,各地に見られる庚申様
の丸い石信仰は,此処に発するものでしょう。
 庚申様がこのように丸いものがお好きとなりますと,餅でも団子でもとにかく丸いも
のが供えられることになります。更に金気に通じる白色のものも供えられているのも,
五行の理に適ったものです。
 一方,前述の供物とは全くその意味を異にするところの,庚申の金気剋殺を目的とす
る七の数とか,火気の赤色とかを負う供物があるなど,庚申信仰には種々雑多な様相を
呈しているものが混在しているとも受け取られます。

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