07a 日本の神々と易・五行〈その6〉
 
2 厠神カワヤガミ
 新生児に関わる厠神(便所神・雪隠セッチン神など)信仰は,関東地方に多くみられます
が,この信仰の特徴は次のとおりです。
 ①新生児は生まれて三日目とか七日目,或いは三十三日目に産婆に抱かれて厠神に参
  る。
 ②その際は橋を渡らず,自家を含めて両隣3軒の雪隠に洗米を撒く。
 ③桑などの長い箸に汚物を挟んで新生児に食べさせる真似をする。
 ④厠神には男女一対の人形を供える。
 ⑤神様の中で一番偉い神が便所神である。
 
(1) 五行配当表による推理
 
               五行配当表
 
 五行    木     火     土     金     水
 
 五色    青     赤     黄     白     黒
 五方    東     南     中央    西     北
 五時    春     夏     土用    秋     冬
 五事    貌     視     思     言     聴
 五音    呼     笑     歌     哭     呻
 
 五星    歳星(木星) 栄?惑(火星) 填星(土星) 太白(金星) 辰星(水星)
 五天亭   青帝    赤帝    黄帝    白帝    黒帝
 五人帝   大白皐?   炎帝    黄帝    少白皐?   頁?王頁?
 五官神   句芒    祝融    后土    蓐収    玄冥
 五臓    肝     心     脾     肺     腎
 
 五常    仁     礼     信     義     智
 五虫    鱗     羽     イ果?    毛     介
 五味    酸     苦     甘     辛     鹹
 五声    角     徴     宮     商     羽
 十干    甲 乙   丙 丁   戊 己   庚 辛   壬 癸
 
 十二支   寅・卯・辰  巳・午・未  辰・未・   申・酉・戌  亥・子・丑
                   戌・丑
 易卦    震     離           兌     坎
 月(旧)   1・2・3月   4・5・6月         7・8・9月   10・11・12月
 
 中国古代哲学によれば,原初唯一絶対の存在「混沌」から派生した大本オオモトの「陰陽
二気」の交感・交合から,木火土金水の「五気」が生じたとされます。従って宇宙の森
羅万象の悉く,その有形無形を問わず,この五気,或いは五原素に究極的に還元される
が,その状況を示すものが上表の「五行配当表」です。
 五行配当表はまず横に読み,次に縦に読んで行きます。横に読むことによって,宇宙
間の万物万象は,色彩,方位,時間から生物の種類(「虫」とは生物のこと)に至るま
で,この木火土金水に還元・配当されていることが判ります。つまり五気は色としては,
青赤黄白黒の5色となり,方位としては東・南・中央・西・北の5方,時間においては5時
として春・夏・土用・秋・冬となり,生物としては鱗・羽・イ果?(=裸)・毛・介とな
って表れます。
 次に縦に読むことによって青色は木,赤色は火,黄色は土,白色は金,黒色は水気で
あることが判ります。黄色は土気であるが,中国第一の大河黄河は泥の河なのでこの名
を負う訳です。或いは狐は黄色の故に土気の神として中国では農村において特に尊崇さ
れ,日本でも渡来人によって土気の神としての狐の信仰が興り,稲荷に習合されたので
した。
 更にこの表を縦に見て行くと,生物の分類において,鱗のある魚・蛇は木気,羽のあ
る鳥類は火気であるが,鱗・羽・毛・介の何れも持たない裸(= イ果?)の生物,つま
り人間は,土気に還元されれていることが判ります。
 其処でこの表から推理されることは,黄色の糞便は土気であり,必然的に厠神もまた
土気象徴の神ということになります。そうしてまた人間も土気なので,厠神と人間は互
いに同気という密接な関係にあり,厠神は人間の守護神ということになります。
 
(2) 厠神の両義性
 木火土金水の五気には,それぞれの本性があります。例えば燃え上がる火の本性は「
炎上」,下へ下へと行く水のそれは「潤下」です。土気の本性は「稼穡カショク」で,「稼
」は種を蒔くこと,「穡」は収穫という意味です。
 火は一途に上ること,水は専ら下ること,両者とも一元的の作用しか持たないのに対
し,土気の作用は二元的です。即ち「種を蒔く」のは,種を土に「入れること」,収穫
は出来上がった作物を土中から引き出す,つまり「出すこと」で,この「入れて出す」
のが二元的な土気の作用なのです。
 この両義性が土気の特色ですが,土気における両義性は,「稼穡」に止まりません。
例えば万物を腐敗・死滅させるのも土気の作用ならば,反対に万物を生み,育てるのも
まち土気の作用なのです。
 四季の推移も矢張り,土気の両義性の作用によります。即ち一年は,
 
           春 - 木気
       陽 < 
     /     夏 - 火気
  土気 
     \     秋 - 金気
       陰 <
           冬 - 水気
 
の四季に分かたれますが,立春・立夏・立冬の「四立シリツ」の前18日間が土気の領分とし
て,いわゆる「土用」です。この土気の作用が即ち「土用」で,この土用によって過ぎ
去る季節は殺され,来るべき季節が生み出されます。要するに生殺与奪の権を持つもの,
それが土気で,季節の推移も土気あればこそです。土気の領分は,他の四季のように一
つに纏まってはいませんが,その力は他に冠絶し,「四季に王たり」と称される所以で
す。
 更にこうして四季の跨る土気は,陰陽の何れにも偏カタヨらず,その気は陰陽を兼ねます
ので,此処にも土気の両義性がみられる訳です。
 
(3) 土気の特性と厠神
 新生児は生後三日目乃至三十三日目という,極めて早い時期に厠参りをします。生ま
れて間もない新生児程ひ弱いものはありません。厠神は人間と同気の神で,いわば祖神
です。新生児に執って同気の厠神は最も有力な守護神の筈で,洗米を捧げてその加護を
祈ることになる訳です。
 土気の稼穡,即ち種蒔と収穫は農事の原点ですので,新生児には何を措いても厠神参
りが課せられたのでした。
 次に土気は陰陽を兼ねますので,厠神の造型は当然男女一対の陰陽神となる訳で,こ
れも厠神祭祀の実際に一致します。
 更に土気は生殺与奪の権を持ち,その徳は剛強と中和を兼ね備え,木火金水の四気の
神霊の上に位します。「便所神は一番偉い」というのはその間の事情の土俗的表現なの
です。
 「橋を渡らず」とは,橋を渡ることは水の向こう,水気の領域に入ることなので,そ
れを避けていることを意味します。「水」は方位では「北」ですが,北は生命が萌キザ
し,顕現する処です。新生児は其処を経てこの世に生れ出たので,其処に再び帰ること
は不吉と考えられているためでしょう。「三軒の便所を廻る」というのは,九星におい
ては土気は八白土気・五黄土気・二黒土気の三種なので,これを念頭においての呪術で
はないでしょうか。
 以上のように厠神の祭祀と伝承とは,その土気の本質をよく裏付けているのです。
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