02 日本の神々と易・五行〈その1〉
 
            日本の神々と易・五行〈その1〉
 
                       参考:岩波書店発行「神々の誕生」
 
                    本稿は岩波書店発行吉野裕子著「神々の誕
                   生」を参考にさせていただきました。
                    易エキとは易経エキキョウのことで,周易ともいい
                   五経ゴキョウの一つです。周易とは三易の一つで
                   中国古代,伏羲フッキ氏の画した卦ケについて周
                   の文王がその総説をなして卦辞といい,周公
                   がこれの六爻リクコウについて細説して爻辞とい
                   い,孔子がこれに深奥な原理を付して十翼を
                   作りました。陰・陽二元を以て天地間の万象を
                   説明したものです。
                    五経とは先秦時代に存したと伝えられる六
                   経のうち,亡失した楽経以外の経書,即ち易・
                   書・詩・礼ライ・春秋の五経をいいます。
                    五行とは中国古来の哲理にいう天地の間に
                   循環流行して停息しない木モク・火カ・土ド・金ゴン
                   ・水スイの五つの元気をいいます。木から火を,
                   火から土を,土から金を,金から水を,水か
                   ら木を生ずるを相生ソウショウをいいます。また木
                   は土に,土は水に,水は火に,火は金に,金
                   は木に剋つカツを相剋ソウコクといいます。これら
                   を男女の性に配し,相生のもの相合すれば和
                   合して幸福あり,相剋のもの相対すれば不和
                   で災難が来るといいます(字句の意味は岩波
                   書店発行広辞苑参照)。             
                    なお、本稿の詳細につきましては、頭書「
                   神々の誕生」をご覧下さい。    SYSOP
 
【アマテラス命・スサノヲ命の誕生】
 
 [はじめに]
 私共日本人が自分の国のことを知ろうとするとき,幾つかの方法がありますが,その
中で重要なものの一つはその信仰対象である「神々」について知ることです。神々の中
でもその最高貴神,中枢の神について知ることは最も肝要でして,でき得ればその起源,
誕生を知ることが望ましいです。それによりその本質が把握できるからです。
 明治以前の日本人にとって西欧は関係なく,その思想・学術・技術を始め,生活の指
導原理となっていたものは,原始信仰や仏教の影響は多分にあるとしても,基本的には
中国古代哲学の宇宙観・世界観であり,その基盤としての易・五行でした。
 易・五行は宇宙の実相の法則的把握・表現ですので,中国の宗教,即ち道教における
最高神の太一タイイツも結局は易の太極タイキョクの神格化に他なりません。
 ということになりますと,日本の神々もまた,この易・五行の神霊化ではないでしょ
うか。勿論,これには易・五行の知識の完全な理解と咀嚼ソシャクが絶対に必要とされます
ので,神話の発生の時点におけることではありません。今日まで伝承されている日本の
神話の以前には遠い縄文時代の原始信仰の神に関するものとか,北から南から列島に次
々と渡来したいろいろの種族が信奉していた神々の話とか,原神話というべきものも数
多くあったのは確実でしょう。
 しかし中国文化を受け入れてこれを完全にこなしたとき,或いは他ならぬ易・五行を
自らの文化とする渡来人がこの国の中枢の要職に立つとき,既存のものの多くは払拭フッ
ショクされ,日本の最高最貴の神々の本質は,中国哲学による宇宙の実相に照らして理論的
に再把握・再構成されたのではないでしょうか。
 この中国哲学にまず適用されたのが,天上の貴子,アマテラス命とスサノヲ命である
と思われます。私共の先人達は,神話中でも最高の位置を占める神々の本質に,易・五
行の法則を縦横に駆使してそれを構造化し,神話の筋を発展させ,それによって先人達
自身による中国古代哲学,その宇宙観・世界観の理解,知識,活用能力を誇示している
かとさえみえるのです。
 
1 アマテラス命・スサノヲ命神話の概要
 イザナギ命は,亡き妻イザナミ命を慕い求めて黄泉ヨミの国に至ったものの,遂に夫婦
別れして現世に戻り,海に入ってミソギを行います。その結果,
 「アマテラス命はその左目から」
 「ツクヨミ命はその右目から」
 「スサノヲ命はその鼻から
の順で,三貴子サンキシが次々と生れ出でました。この三貴子の誕生を非常に喜んだイザナ
ギ命は,アマテラス命には天上を,ツクヨミ命には夜の国を,スサノヲ命には海上をそ
れぞれ治めよと命じました(なおこの後,ツクヨミ命は神話に登場しませんので,この
神の考察は省きます)。
 アマテラス命とツクヨミ命の2神は各々その命令に従いましたが,一人スサノヲ命は
自分は亡き母の国,即ち根の国に行きたいと哭き叫んで父の言葉に服さず,遂に父神の
怒りに触れて放逐されました。そのスサノヲ命の哭き方は一通りではなく,青山を泣き
枯らし,海を泣き乾ホすという態テイのものでした。
 追放されたスサノヲ命は姉アマテラス命に暇乞いのため天上に赴きましたが,姉神か
らその心底を疑われました。邪心のない証しアカシのためにウケヒをしますと,その結果,
二人の間に5柱の男神と3女神が生まれました。この証しを得て勝ち誇ったスサノヲ命
は天上で悪業の限りを働きますが,姉神は全て良い方に取り成して敢えて責めようとは
しませんでした。
 しかしスサノヲ命は,アマテラス命の機殿ハタドノの棟の穴から馬の逆剥ぎを投げ入れ,
驚いた機織女が梭ヒを陰ホトに突き立てて死ぬに及び,アマテラス命の堪忍も限度が来て,
岩戸隠れしました(いろいろ説がありますが,亡くなったのはアマテラス命と考えられ
ます。)。
 その結果,この世は常闇となって禍ワザワイが満ち溢れ,収拾がつかなくなりました。遂
に諸神は智恵を絞り合い,鶏を鳴かせ,呪物を付けた榊サカキを立て,アメノウズメ命が陰
も露わアラワに踊り,八百万の神々がこれを見て一斉に哄笑コウショウしました。この騒ぎを訝
イブカしんだアマテラス命が戸を少し開かれますと手力男神タヂカラオノカミがその手をや取りに
なって引き出し,この世に再び光りが戻った,というのが日本神話の中心である岩戸隠
れの概略です。
 
 この神話の重要な点を挙げますと,
 @アマテラス命・スサノヲ命共に,子を産む能力を持った青年期の神々です。
 Aアマテラス命は父命に従って天上支配を実行し,スサノヲ命は逆らって母の国であ
  る根の国指向です。
 Bアマテラス命の特質は「光」と「仁」,スサノヲ命のそれは「暴力」と「哭くコクす
  ること」です。
 Cアマテラス命の死因は「陰ホト」の損傷で,アマテラス命の岩戸隠れに因ってもたら
  された闇と諸悪は,アメノウズメ命の踊りと,神々の哄笑によって払拭された。
 ということになると思います。
 
 岩戸隠れは,日本神話中の中核となる出来事です。従ってこれについては当然のこと
ながら諸家によって数多くの推理考察がなされていますが,易・五行の理リ,或いは法則
の導入によるものは皆無です。
 私(著者)には,アマテラス命とスサノヲ命の2神にみられる性質,行状の全ては,
これを易・五行の理に照らしてみるとき,一糸乱れずそれらが適用されていることが実
感されます。極言すれば日本神話のアマテラス命・スサノヲ命の両神格は,易の卦カ,五
行の法則の神霊化とさえみられるのです。
 しかもこのことは,決して日本人の唐突な創意工夫によるものではなく,その先例も
また中国にあります。中国の道教における神々の如きも,易・五行の理による壮大な宇
宙の法則の神格化なのです。
[次へ進んで下さい]