02 その他の神信仰
 
〈お酉トリさん信仰〉
 お酉様と通称されている神社は鷲オオトリ神社のことで、東京を中心として、江戸時代中
期の宝暦(1750)頃より酉待トリマチ(市、祭の意)と呼ばれ、庶民による信仰が現在まで
続いている。鷲神社には天日鷲命アメノヒワシノミコト、日本武尊ヤマトタケルノミコトが祀られ、特に開運、
商売繁盛の信仰がある。
 現在、東京及びその周辺には数多くのお酉様があるが、近年より始められたものが多
い。浅草の鷲神社の酉の市は、江戸時代から続くものとして特に有名である。
 酉の市は季節感を表す祭りとして宝井其角に、
 浅草田甫酉の市
 春を待つ ことのはじめや 酉の市
 と詠まれいてる。
 この祭りは十一月の酉の日に行われ、この月に酉の日が二回のときは二の酉、三回の
ときは三の酉と云われる。
 
 酉の市では熊手が商われるが、その形態が物を取り込むことから福運をかっこむと云
われる縁起から、様々な種類の熊手が売られる。古くは福を表すおかめの面、四手(紙
垂シデ)、注連縄シメナワの付いた簡単なものであったが、時代の変遷により次第にいろいろ
な祝意を表すものが付けられるようになって来た。神社の熊手御守はかっこめ、或いは
ははくこめと呼ばれ、上を見ぬ鷲のつかみ取りなどと云われる意味から、開運に結び付
いたものである。
 要するに、お酉さんの信仰の素地は、秋の収穫祭としての形態であり、新しい年を祝
う意味と神への感謝を表す祭りであると言えよう。
 
 なお、三の酉のある年は火事が多いと云われるが、古くから宵に鳴く鶏は不吉である、
火事が出ると云う伝承があり、また、三の酉の頃ともなると次第に寒さを増し、火を使
用する機会が多くなることとも関連して、言われるようになって来たと思われる。この
ことも、人々の火に対する恐れと慎みの端的な表れであろう。
 
 
〈春日信仰カスガシンコウ〉
 春日信仰とは、春日大社に対する信仰である。春日信仰は、藤原氏が隆盛した平安時
代に上下に広まり、今日、春日神社は全国に千三百余社祀られ、春日大社はその総本宮
である。信仰の対象としては、「春日曼陀羅マンダラ」や「三社サンシャ託宣タクセン」が世に広ま
った。
 春日曼陀羅は本地ホンジ垂迹スイジャク説に基づき、春日大社の祭神や社地を図絵にし、信
仰礼拝の対象としたものである。これには@本地曼陀羅、A垂迹曼陀羅、B鹿曼陀羅、
C宮曼陀羅、及びDこれらを混成したもの、などがある。
 
@本地曼陀羅は、春日の四所シショ明神や若宮などの本地仏を描いたもの。
A垂迹曼陀羅は、@に更に権現ゴンゲンの姿を描いたもの。
B鹿曼陀羅は、春日の神鹿シンロクに神鏡を懸けた榊サカキを立て、中には神鏡に本地仏を表し
 たものもある。
C宮曼陀羅は、社殿境内を描いたもの。
 平安末期から鎌倉初期にかけて、解脱ゲダツ上人、明恵ミョウエ上人などが春日明神を大い
に崇拝し、この頃春日曼陀羅が広まったらしい。鎌倉中期以後から室町時代に、最も多
く作られており、その筆者は、春日大社や興福寺の絵仏師達が多かったようである。
 三社託宣は天照皇大神宮テンショウコウタイジングウ、八幡大菩薩ハチマンダイボサツ、春日大明神カスガ
ダイミョウジンの託宣と云われるものを、一幅イップクに書いたもので、広く世に信ぜられ尊崇
されたが、この託宣は、室町時代中期以降の偽作であるう。
 
 皇室の春日大社に対する信仰は篤く、皇族の御幸ギョウコウ、行啓ギョウケイも多い。『日本
紀略』永祚元年(989)三月二十二日の条に、「天皇(○一条)行幸春日社」とあるのを
始め、以来行幸の記録は屡々見える。殊に平安時代が最も多く、当時の行幸次第は、『
中右記』永長二年(1097)の条に見える堀河天皇のときの記事が詳しい。上皇の御幸も
行幸と同様、平安時代が最も多かった。
 
 摂関並びに藤原氏の長者の参詣を、世に「春日詣」と云った。永延元年(987)三月二
十八日に摂政藤原兼家カネイエが参詣した(『日本後記』)を始め、関白藤原頼通ヨリミチ、摂
政藤原師実モロザネ、同兼実カモザネ、同兼平カネヒラらの春日詣はよく知られている。参詣の日
時は一定していないが、その次第は、ほぼ春日祭に準じて行われた。
 また、将軍の社参も多く、足利義政ヨシマサの社参は、随行記として姉小路アネコウジ(藤原
)基綱モトツナの『春日社参記』がある。文禄三年(1594)には関白豊臣秀次ヒデツグが参詣、
翌年には秀吉が一万五千石余の朱印シュインを献じ、元和三年(1617)には、将軍徳川秀忠
ヒデタダが二万千百余石の朱印領を寄進した。
 
 『百錬抄』の寛治七年(1093)八月二十六日の条を始め、平安から鎌倉時代には、興
福寺の衆徒や春日の神民らが、春日の神木を勧学院に持ち出して、事を訴えたり、或い
は神木を神体と称して入京し、朝廷に訴えを起こしたりしたこともあった。
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